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競輪のレーサーパンツ(税込み1万1000円)に隠された“細かすぎるこだわり”…デザイナーが「ここに選手の好みが出る」と語ったポイントは?
posted2022/04/24 17:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
KYODO
日本でいちばんプロ選手の多い競技は?
競輪ファンには愚問だろうか。日本発祥のこの競技は、減少傾向にあるとはいえ、実に2300人を超える選手を擁している。
競輪選手の大多数を占める男子は、実力に応じて下からA級3班、同2班、同1班、S級2班、同1班、同S班と6つの階層に分かれ、レーサーパンツの色でも区別されている。とりわけ最高峰、S級S班の9人だけが穿くことを許される赤地に黒ラインの通称「赤パン」は、あこがれの的だ。
競輪はギャンブルとしても行なわれる公営競技であるため、自転車には厳格な規格が設けられている。シャツ、ヘルメットも仕様は一律の支給品。ただひとつ、パンツだけが“好みの市販品”を穿くことが許されている。
「KEIRINレーサーパンツレッドS級用」(税込み1万1000円)を販売する、サイクルウェアメーカー「ウエイブワン」のデザイナー、深井大輔さんが言う。
「締めつけ具合やサドルに接するパッドの有無、このあたりに選手の好みが出ます。パッドについては30年ほど前まで、セーム革がつかわれていました」
セーム革とは、貴金属やメガネを拭くのに最適な鹿の革のこと。素材の進化によって、いまではウレタンが主流となった。
「極限までシワが出ない構造」
パンツの開発において、もっとも大きなテーマとなるのが空気抵抗の低減。それはシワの撲滅と言い換えてもいい。
「競技中はもちろん身体を激しく動かすため、シワをゼロにすることはできませんが、極限までシワが出ない形を追求しています。ウチの商品では、ペダルを踏みこむ体勢のとき、シワがもっとも出ない構造になっています」
近年の縫製技術の進化も、シワの撲滅にひと役買っているという。
パンツは複数の生地を縫い合わせてつくられているが、縫合部は生地が重なるため、わずかに盛り上がりが生じる。みなさんも、いま自分が着ている服に触れてほしい。服には縫合部がいくつもあり、そこが盛り上がっていることがわかるだろう。私たちがほとんど気にしない、微細な盛り上がり。これが長らくパンツ開発の課題とされてきたが、生地を重ねず縫合する新技術「フラットシーマ縫製」の誕生によって解消されたのだ。
1cmでもライバルの前に出たい――。
競輪選手たちの熱い思いに応えようと、技術者たちは今日もわずかなシワに目を凝らす。