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《皐月賞》ゴールドシップ“驚異のワープ”、エフフォーリアGI初制覇など数々のドラマが…レース後に掛かってきた「藤沢和雄からの電話」 

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平松さとし

平松さとしSatoshi Hiramatsu

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posted2022/04/15 11:05

《皐月賞》ゴールドシップ“驚異のワープ”、エフフォーリアGI初制覇など数々のドラマが…レース後に掛かってきた「藤沢和雄からの電話」<Number Web> photograph by KYODO

2012年の皐月賞を制したゴールドシップ。後方からの“ワープ”も話題に

ディーマジェスティの祖母は“安楽死寸前”だった

 シンコウエルメスは1996年の4月にデビュー。東京競馬場の芝1600メートルで行われた未勝利戦で、既走馬相手に5着。上がり3ハロンの推定ラップは出走14頭中2番目に速く「1度経験した次走は確勝級」と噂されていた。

 しかし、好事魔多し。同馬は次走へ向かう調教中に故障。それは診断した獣医師が「医学的な限界があるのは仕方ない事で、楽にしてあげた方が良いかもしれません」と言うほどの大怪我だった。「楽にしてあげた方が……」というのはつまり、安楽死を意味していた。

 しかし、これに対して首を縦に振らなかったのが藤沢和調教師だった。

「シンコウエルメスは本場イギリスのダービー馬であるジェネラスやオークス馬イマジンの妹という超良血馬でした。オーナーは繁殖までも考えてアイルランドから連れて来たのを知っていたので、私のところで全てを終わらすわけにはいかない。少しでも助かる可能性があるのであれば、何とかしていただけないか? とお願いしました」

 結果、伯楽の熱意に押される形で獣医師は手術を敢行した。全身麻酔を施して、ステンレス製のネジを患部に4本も入れる大手術は3時間にも及んだ。

藤沢和雄がいなければ生まれてこなかった命

 そんな手術はひとまず成功したが、施術後にも危機は襲ってきた。麻酔が切れるとシンコウエルメスは痛がって暴れそうになった。蹄葉炎や感染症の心配も付きまとった。それらの対応を獣医師任せにしなかったのが藤沢和調教師らしいところ。同馬の担当厩務員だけでなく、厩舎の全厩務員や調教助手、所属していた騎手ら全員で代わる代わる看病した。競走馬として復帰する事は100パーセントあり得ない相手ではあったが、皆がホースマンとして一命を取り留めるように協力した。藤沢和調教師は述懐する。

「うちの厩舎が何かしたというよりJRAの獣医さんが頑張ってくれました。お陰で命を救えました」

 全てが落ち着いて危機を脱し、牧場に送り返せるようになるまでには3カ月を要した。こうして繁殖入りしたシンコウエルメスは後に藤沢和厩舎所属でエリザベス女王杯3着などの活躍をするエルノヴァの母となった。そして、エルメスティアラの母ともなり、そのエルメスティアラから生まれたのがディーマジェスティだった。つまり、16年の皐月賞馬は藤沢和調教師がいなければ生まれて来ないはずの馬だったわけだ。

 さて、今年の皐月賞ではどんなドラマが待っているだろう。刮目しよう。

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