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「泣いてる場合じゃない」新女王・坂本花織と中野コーチが守った“フィギュアの品格” 「20年前のスケート」発言のタラソワへ伝えたいこと 

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田村明子

田村明子Akiko Tamura

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photograph byAsami Enomoto

posted2022/04/14 11:03

「泣いてる場合じゃない」新女王・坂本花織と中野コーチが守った“フィギュアの品格” 「20年前のスケート」発言のタラソワへ伝えたいこと<Number Web> photograph by Asami Enomoto

世界選手権で優勝を果たし、笑顔を見せた坂本花織

「人間なので休みたいと、身体はそう言って……でも何としてでも引きずっていくぞ、と。順番よりも、こういうシーズンの自分に、全ての自分に勝つということですのでそれだけはちゃんとやって欲しいなと……最後の日まで戦いました。練習の前の日も大変でした」と中野コーチは思い返すように、ゆっくりと言葉を重ねた。

「(不調を克服するには)練習しかないと思います。練習でミスしたら、それを徹底的になくすまでやるというのが。まあ本人もそう思っていて、なかなか身体がついてこなくてきつかったみたいですけど、やり切れば最後は笑顔が見れるからと」

 中野コーチにそう励まされ、挑んだ世界選手権だった。

SPでは初の80点越え

 SPを滑る直前の坂本は、普段にもまして緊張していることが見て取れた。それでも映画「グラディエーター」のサントラ「Now We are Free」のメロディにのって、安定したノーミスの演技を見せた。幅のある大きな2アクセルには、9人のジャッジのうち8人がもっとも高いGOEのプラス5を出した。

 80.32のスコアが出ると、坂本は目を真ん丸にしてキス&クライの席から立ち上がり、目の前のモニターを確認。「え?80?80?80?」と繰り返して身体全体で喜びを表現し、観客たちの微笑みを誘った。「今まで(トリプル)アクセルとかなしで80(点)出るのは、ロシアの子たちだけと思っていた」と演技後、ミックスゾーンで感想をもらした。

 5コンポーネンツには全選手中唯一9点台が並び、名実ともにジャッジたちは坂本をチャンピオンの素材として見ていることは明らかだった。

フリー演技前、幕の裏では泣いていた

 だが喜びに浸ったのはわずか1日だけ。2日後のフリーの日にはさらに追加のプレッシャーが待っていた。

 メダリスト候補の一人だった樋口新葉が脚の痛みで本来の実力を見せることができず、11位(坂本の滑走順が来た時点で10位)という予想外の結果に。

 来季の3枠を確保するためには、トップ二人の合計順位が13以内にならなくてはならない。坂本は自分が1位か2位になるしかない、という瀬戸際に立たされ、恐怖心がこみあげてきて演技前に幕の裏で泣いた。そんな坂本に中野コーチは「泣いている場合じゃない」と活を入れたのだという。

SP、フリーで伝えた“全ての女性に捧げるメッセージ”

 ブノワ・リショー振付によるフリー「No More Fight Left in Me」は、メッセージ性の強いプログラムだ。傷つけられた女性がパートナーに対して「これ以上もう何が欲しいの? あげるものはもう命以外、何も残っていない」と訴える歌詞の内容だ。「もうこれ以上、戦えない」というタイトルは、別れを告げる時が来たという意味だ。

 リショーは、「Now We are Free」(やっと自由になれた)という曲名のSPとこのフリーを合わせて2つで完了する、全ての女性に捧げた物語にした。「これはカオリのための物語だから、カオリが自由に滑ってくれていい」と言うメッセージを彼からもらってから、坂本は難しく考えずに伸び伸びと滑れるようになったのだという。

 中野コーチに肩を抱かれてリンクに面した坂本の表情は、覚悟を決めて最後の闘いに赴く女性戦士の顔だった。

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