「今までの練習が背中を押してくれた」

　出だしの2アクセルから、最後のジャンプの3ループまで、流れにのった見事な演技だった。途中で少し余裕の笑顔も出て、ノーミスで滑り切った後、坂本は興奮を抑えきれないように、何度も握りしめた拳で氷を叩いた。どれほどのプレッシャーを背負っていたのか、その動作が物語っていた。

フリーの演技を行う坂本　©Asami Enomoto

　北京オリンピックよりおよそ2.5ポイント高い155.77が出た。総合で236.09で、SP、フリーともにパーソナルベスト更新。1位とわかった瞬間、坂本が3本指を出して中野コーチに何かを言ったのは、日本女子が来季の世界選手権で3枠獲得できたことを確認していたのだという。

「今までの練習が、今回は背中を押してくれたなと感じている。練習で必死こいて先生とやってきて、それが世界選手権までもって、ここまでやってきて良かったなと、この結果を見てすごく感じました」。坂本はそう喜びを表現した。

　中野コーチは「（将来的には）トリプルアクセルもいれて、今年出なかった国も混ぜて戦っていけるように今後頑張っていきたいと思います」と抱負を語った。

©Asami Enomoto

「あれは20年前のスケート」発言…タラソワ氏に伝えたいこと

　今回締め出されたロシアからは、当然ながら様々な不満の声が聞こえてきた。ロシアのメディアに対して、スケート界の重鎮、タチアナ・タラソワが「ここで滑った中では日本の選手がベストだったけれど、大技はなかった。あれは20年前のスケート」とコメントしたと報道されている。

　筆者はタラソワ氏がフィギュアスケート史にどれほどの貢献をしてきたか熟知しているし、これまで何度も個別取材をさせてもらい、彼女のスケートに対する知識と愛情に深い尊敬の念を抱いてきた。だがこの発言に対しては、敬愛するタラソワ氏にこう申し上げたい。

　坂本花織はクリーンに、禁止ドラッグの助けを借りることなく、そうした疑惑に一度もさらされることなく正々堂々と戦った。大人の女性の体形で、シニアの女子らしい「フィギュアスケート」を見せてくれた。

　20年前にはその時代で素晴らしい選手がたくさんいた。

　だが彼女たちのうちいったい誰が、今日の坂本ほどの深いエッジワークで、うねるような滑りとトランジションを見せたのか。最低限の数のクロスオーバーで、リンクを端から端まで使ったスケーティングのスピードを使ってジャンプを跳んだのか。

　フィギュアスケートの進化というのは、ジャンプの回転数だけではないはずだ、と。

　モンペリエの会場では、世界中のフィギュアスケートファンが新しい世界女王をスタンディングオベーションで讃え、彼女が金メダルを首にかける様子を見守った。

　フィギュアスケートの品格を守った新女王、坂本花織をとても誇りに思っている。

世界選手権フリーの演技を終え、中野コーチと笑顔で抱き合った坂本　©Asami Enomoto

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