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フィギュアスケートPRESSBACK NUMBER
伊藤みどり、浅田真央、宇野昌磨らを生んだフィギュア王国・愛知に異変「有力選手の県外流出も」名古屋の子どもがスケートを愛してきた理由
text by
近藤正高Masataka Kondo
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2022/04/08 17:07
愛知県名古屋市生まれの浅田真央(当時15歳)。写真は2005年11月
新横浜を拠点に多くの名選手を指導してきた佐藤信夫は、名古屋でNHK杯が開かれたとき、公式練習を終えた女子選手が靴を捜しているところに出くわした。彼女はしばらくすると、3つ前のリンクに忘れたことを思い出したという。《つまり試合の前に(引用者注:普通の靴を脱いで)スケート靴を履いたまま、3ヵ所のリンクを親の車で移動して、たっぷりと練習してきたということ。僕にとっては強烈だったが、ナゴヤでは当たり前になっている》と佐藤は名古屋の選手の熱心さに驚いている(『中日新聞』2007年3月20日付朝刊)。それも練習環境が整っているからこそ可能といえる。
中野友加里「母が当たり前のように練習を見てくれた」
フィギュアを習う子供以上に親が熱心というのも、愛知ならではとされる。クラブの練習時間には、リンクサイドに親たちがずらりと並び子供たちを見守る。その先駆けは、山田満知子に師事し、選手引退後はプロスケーターとして人気を集めた大島淳とその父親とする説がある(「読売新聞オンライン」2022年2月7日配信)。
山田のほうからも、伊藤みどりを教えていた頃より、親たちに暇があるならリンクにいらっしゃいと呼びかけてきたといい、親の《その気持ちが選手が伸びることにつながるんだと思う。それぞれに研究熱心になるし。うちはそういうシステムでずーっとやっているから》と語っている(八木沼純子『日本フィギュアスケート 氷上のアーティストたち』)。
山田の言葉は、教え子である中野友加里の《母が当たり前のように練習を見てくれた環境は本当に大きかった》との発言からも裏づけられる(『中日新聞』2013年8月22日付朝刊)。中野によれば、コーチはひとりの選手だけを見てはいられないが、ずっと見ている親なら、自分では気づかないところも客観視してアドバイスしてくれたという。
習い事が盛んな土地柄
もともと愛知は習い事が盛んな土地柄といわれる。近年でも、2016年における愛知県の「教養・技能教授業」の人口10万人あたりの事業所数は69.9事業所で、大都市のある16都道府県中最多とのデータがある(名古屋市・統計なごやweb版「NAGOYAライフ(データで見る名古屋のくらし) 県内の習い事」)。子供にも芸事を習わせる風土があり、フィギュアの有力選手が多数輩出されたことも拍車をかけ、習い事としてフィギュアが定着している。
親が熱心になればなるほど、指導者への要求レベルも高くなる。逆にいえば、指導者もそれに応えようと努力しているからこそ、愛知の選手は伸びてきたともいえる。大須のリンクを拠点とする山田満知子やその教え子の樋口美穂子や恩田美栄のほかにも、県内の各リンクでは、安藤美姫を育てた門奈裕子、鈴木明子を育てた成瀬葉里子などのコーチがいまなお後進の育成に力を入れている。
成瀬は2006年、荒川静香らを育てた長久保裕コーチを、彼が拠点としていた仙台のリンクが閉鎖になったのを機に、自身の指導する名古屋のクラブに迎え入れた。それはトップ選手を育てた秘密を探りたいとの思いからであった。以来、長久保は2017年に退任するまで、自分を追って名古屋に移った本郷理華らを指導している。
京都、千葉…フィギュア界の勢力図が変わりつつある
本郷のあとも愛知には、中京大学に在学する三浦璃来や鍵山優真など、ほかの地方からもトップ選手が入ってきて、フィギュア王国の地位は揺るぎないように見える。だが、ここ数年、フィギュア界の勢力図が変わりつつあるという。