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伊藤みどり、浅田真央、宇野昌磨らを生んだフィギュア王国・愛知に異変「有力選手の県外流出も」名古屋の子どもがスケートを愛してきた理由 

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近藤正高

近藤正高Masataka Kondo

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photograph byBUNGEISHUNJU

posted2022/04/08 17:07

伊藤みどり、浅田真央、宇野昌磨らを生んだフィギュア王国・愛知に異変「有力選手の県外流出も」名古屋の子どもがスケートを愛してきた理由<Number Web> photograph by BUNGEISHUNJU

愛知県名古屋市生まれの浅田真央(当時15歳)。写真は2005年11月

 一昨年の2020年には木下グループが国際大会で活躍できるフィギュアスケーターの育成を目的として京都に「木下アカデミー」を設立した。さらに昨年には三井不動産アイスパーク船橋(千葉県船橋市)を拠点に「MFアカデミー」が誕生、選手育成の「アスリートコース」と生涯スポーツとしての「ライフコース」を開設している。

 いずれのアカデミーも通年リンクを有し、ほぼ毎日貸し切りで練習できる。愛知のクラブが貸し切り練習の日時が限られるのとくらべると、選手にとってはより恵まれた環境といえる。すでに多くの有力選手を擁し、互いに切磋琢磨しながら才能を伸ばしていくという点も強みだ。

 愛知からも有望な選手がアカデミーへ流れるケースが目につく。北京五輪に出場した河辺愛菜は、中学時代の2018年に名古屋から関西に転居し、関西大学KFSCを経て木下アカデミーに移籍した。同アカデミーには、強化選手で中京大中京高に在学中の中村俊介と吉田陽菜(はな)も所属する。今季の全日本フィギュアノービスB(9~10歳)で優勝した大竹沙歩も、MFアカデミーの開校に合わせて家族と愛知から千葉に引っ越している。

 もっとも、愛知からの選手の流出は、いまに始まったことではない。伊藤みどりこそ、山田満知子が子供のときから家に引き取って指導していたという事情もあり、現役引退まで名古屋にとどまったものの、彼女の後輩である浅田真央や宇野昌磨は海外に拠点を移している。いずれも世界で戦えるレベルに達した段階で(宇野の場合、平昌五輪で銀メダルを獲得したあと)、もっと広く世界を見る必要があるとして、山田から勧められての巣立ちであった。

18歳までに引退してしまうフィギュアの厳しさ

 ここまで見てきてもあきらかなように、愛知から有力選手が多数輩出されてきたのは、トップの育成に力を入れる以前に、リンクが身近にあったり親たちが習い事に熱心だったりと、子供たちがフィギュアと出会う条件が現在までそろってきたことに最大の理由がある。

 山田満知子も、指導者になった頃から子供たちにフィギュアの楽しさを教えることを第一として、自分は底辺を拡大するタイプの指導者だとずっと公言してきた。じつはトップ選手を育てるとともに子供たちの指導も続けるコーチは、世界的にも珍しいという。

 国内全体では、トリノ五輪で荒川静香が優勝した2006年を境に、フィギュアスケートの競技者人口は右肩上がりに上昇を続けるなか、18歳未満の競技者人口に限っては1985年以来、横ばいを続けている。このデータからは、多くの選手が18歳までに引退してしまうフィギュアという競技の厳しさがうかがえる。また、競技者が増える一方で、一般の人が年間にスケートをする回数は減少の一途をたどっている。それは大人に連れられて子供がリンクに来る機会が減っていることをも意味しよう。

 こうした現状からすれば、愛知はトップ選手強化のためアカデミーを設立する方向に傾くよりも、やはり競技の裾野を広げることに今後も力を入れていくべきなのではないか。そこにこそ、フィギュア王国・愛知、ひいては日本のフィギュア界の将来がかかっているといっても過言ではないだろう。

<前編から続く>

【主要参考文献】
「フィギュア王国の源流 ナゴヤから世界へ 上・中・下」(『中日新聞』2007年3月18日~20日付朝刊)
「フィギュア三都物語@名古屋 1~6」(『中日新聞』2013年8月20日~22日、24~26日付朝刊)
「フィギュア王国 愛知 強さの秘密 1~5」(『朝日新聞』2009年12月21日~22日、24~26日付朝刊)
「6大会連続で代表輩出、フィギュアスケート「王国」ならではのレッスン風景」(「読売新聞オンライン」2022年2月7日配信)
『愛知県スケート連盟創立50周年記念誌』(愛知県スケート連盟、1999年)
山田満知子『素直な心が才能を伸ばす!』(青春出版社、2007年)
伊藤みどり『タイム・パッセージ~時間旅行~』(紀伊國屋書店、1993年)
鈴木明子『笑顔が未来をつくる 私のスケート人生』(岩波書店、2015年)
八木沼純子『日本フィギュアスケート 氷上のアーティストたち』(日本経済新聞社、2005年)
宇都宮直子『フィギュアスケートに懸ける人々 なぜ、いつから、日本は強くなったのか』(小学館101新書、2010年)
青嶋ひろの『宇野昌磨の軌跡 泣き虫だった小学生が世界屈指の表現者になるまで』(講談社、2019年)
町田樹『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社、2020年)
山田智子「宇野昌磨ら生んだ「フィギュア王国」の今 流出する才能、“愛知復権”への試行錯誤」(「THE ANSWER」2022年2月13日配信)

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