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「19歳バイアスロン選手が爆撃死、兵士である父がロシア捕虜に」日本人が知らないウクライナ選手の悲劇…パラ会長はロシア勢の訴訟リスクを懸念
text by
田村崇仁Takahito Tamura
photograph byGetty Images
posted2022/03/27 11:01
国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長(45歳)
「母国では我々の軍が侵略者と前線で戦っている。私たちの前線はここ北京だ」
祖国に思いをはせるウクライナ・パラリンピック委員会の重鎮ワレリー・スシケビッチ会長は拳を突き上げ、選手を鼓舞して「反戦」と「平和」を訴え続けた。
故郷に残した家族と連絡が途絶えたり、兵士である父がロシアの捕虜となるなど、想像を絶する悲劇を経験した選手もいた。自宅が爆撃で破壊されたバイアスロン男子視覚障害のドミトロ・スイアルコは、ウクライナ勢で表彰台を独占しても「100パーセントは喜べない。国が重大な危機にある今、私が望むのは平和だから」と戦火で引き裂かれた心の傷を隠さなかった。
ロシア勢除外で「誰も幸せにはならないのだ」
そんな過酷な状況でも選手らは「ウクライナが生きていることの証し」と青と黄色の国旗を背負って世界にメッセージを届け、一方で大会は国際政治にスポーツが翻弄されて「分断」を生むジレンマを抱えた。今後、ロシア勢が法的措置に出る懸念もくすぶっている。
パラリンピックの礎を築いた元車いすバスケットボール選手のフィリップ・クレーブン氏(英国)からバトンを引き継ぎ、若くして2017年にIPCの第3代会長に就任したパーソンズ氏。南米初開催の2016年リオデジャネイロ大会では財政的な危機も乗り越えて成功に導いたが、今回は国の責任を個人に課したことで重い宿題を背負った形だ。ロシアとベラルーシの選手は状況が好転しなければ、2年後のパリ五輪・パラリンピックだけでなく、各競技の国際大会から除外され続ける可能性がある。
スポーツが持つ団結の理想と現実。ロシア勢除外を「最善の選択」と強調したパーソンズ会長に「決断に後悔はないのか」と聞くと「もちろん後悔していない。ここでは物事のバランスを取る必要があった」と答えた。その上でこう付け加えた。
「ただし、どんな理由であれ、一部の国の選手が参加できないのは決して良いことでない。誰も幸せにはならないのだ」
3月13日の閉会式。戦火に揺れた大会を締めくくるスピーチで、パーソンズ会長はロシアの軍事侵攻には直接触れずに「平和」への願いを訴えた。中継した中国国営中央テレビの同時通訳は「重要なのは平和への希望」と語った言葉を「重要なのは大きな家族になる希望」と言い換えて放送した。それもパーソンズ会長にとっては覚悟の上だった。
「希望や平和を担うあなた方の行動は言葉よりもずっと雄弁だった」と選手たちを称え、最後に世界の指導者へ切実な訴えが届くと信じてこう呼び掛けた。
「団結によって私たちは希望を持つことができる。人は対話ができる世界に生きることを望む。誇り高きパラ選手の行動から世界のリーダーたちがインスピレーションを受けることを望みたい」