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「19歳バイアスロン選手が爆撃死、兵士である父がロシア捕虜に」日本人が知らないウクライナ選手の悲劇…パラ会長はロシア勢の訴訟リスクを懸念
posted2022/03/27 11:01
text by
田村崇仁Takahito Tamura
photograph by
Getty Images
「ピース!(平和を)」
ロシアのウクライナ侵攻が日増しに緊迫化していた3月4日に行われた開会式、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長(45歳)は歴史的な名演説の最後に両拳を固く握りしめて声を張り上げた。その「魂の叫び」から北京冬季パラリンピックは始まった。
普段はフランク・シナトラの名曲「マイ・ウェイ」を自慢の美声で熱唱したかと思えば、サッカーにも熱狂するリオデジャネイロ出身の熱血漢がなぜ、異例とも言える「反戦」と「平和」を野太い声で世界に叫んだのか――。
北京で後日談を聞くと、「リハーサルなしで魂から出た感情表現だった」と明らかにした。そこにはロシア選手団の除外問題を巡って2日前から一睡もせず対応に追われた複雑な思いもあったのだろう。
「消された」中国語への同時通訳
障害者スポーツの祭典は本来、違いを認め合う「多様性」や「共生」を理念に掲げる。
「もちろんパラリンピックの使命はインクルーシブ(分け隔てない)社会の実現だ。ただこの戦時下での特殊な大会で、重要なメッセージは『平和』だと明確にしたかった。第二次世界大戦で負傷した兵士のリハビリが起源にあるパラリンピックの理念も平和があってこそ。全てはあの瞬間、私の心の底から出た言葉だ」
一方、開会式を中継した中国国営中央テレビの放送では、パーソンズ会長が「21世紀は戦争や憎しみではなく、対話と外交の時代だ」と平和を希求したスピーチの中国語への同時通訳が行われず、通訳が一時的に無言となる一幕もあった。ロシアとの友好関係を重視する中国にとって不都合な内容と判断されたとみられるが、スポーツと政治に絡む皮肉な現実を改めて突き付けられた幕開けでもあった。
19歳バイアスロン選手がロシアの爆撃で亡くなる
「NO WAR IN UKRAINE(ウクライナに戦争はいらない)」
時計の針を開会式から48時間戻した3月2日、マスクに反戦のメッセージを書いたウクライナ紙キエフ・ポストのリー・リーニー記者が声を震わせ、パーソンズ会長に涙目で詰め寄っていた。