パラリンピックPRESSBACK NUMBER

「19歳バイアスロン選手が爆撃死、兵士である父がロシア捕虜に」日本人が知らないウクライナ選手の悲劇…パラ会長はロシア勢の訴訟リスクを懸念 

text by

田村崇仁

田村崇仁Takahito Tamura

PROFILE

photograph byGetty Images

posted2022/03/27 11:01

「19歳バイアスロン選手が爆撃死、兵士である父がロシア捕虜に」日本人が知らないウクライナ選手の悲劇…パラ会長はロシア勢の訴訟リスクを懸念<Number Web> photograph by Getty Images

国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長(45歳)

 ロシアとその攻撃を支援したベラルーシを、国の代表ではない「中立」の選手として参加容認すると決めた記者会見の冒頭の出来事だった。リーニー記者はウクライナ第2の都市ハリコフで爆撃によって亡くなった19歳のバイアスロン選手の写真を掲げ「攻撃している国の選手にはパラリンピックへの参加機会を与えた。彼は殺され、出場する機会はない。あなたはこの選手の両親に何と説明するのか」と抗議したのだ。

 10代の一人娘を持つ父親でもあるパーソンズ会長は記者の目をじっと見つめ「ウクライナの人々の痛みは想像を絶する。状況は不条理で人道を逸脱しており、私には祈ることしかできない」と前置きした上で「われわれにはIPC規定の範囲で、最大限の制裁を科すことしかできなかった」と理解を求めた。

 五輪とパラリンピックの期間中に休戦を求める国連決議に違反した場合でも、その国の選手団の出場を禁じるルールがIPC憲章にはない。そのことを苦渋の決断の理由に挙げ、さらに「選手は兵士でも侵略者でもない。政府の犠牲者だ」との考えを強調した。国際オリンピック委員会(IOC)が両国の選手や役員を国際大会から除外勧告するなど、スポーツ界から締め出しの動きが急速に広がる中、すでに北京入りして最終調整中だったロシア選手らの参加を拒否しても法的根拠は薄い。スポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴えられて負ける訴訟リスクも念頭にあったのだろう。

選手村で衝突が起きうる「異常な緊張状態」

 だがここから事態は急転する。参加国の相次ぐボイコット表明だった。

「想定外の反発が起きた。戦争によってスポーツの連帯は崩れ、パラリンピック自体がのみ込まれた」

 大会開催危機に直面し、24時間も経たないうちに再び記者会見したパーソンズ会長の悲痛な表情が印象深い。韓国やラトビアは車いすカーリングでロシア勢との対戦を露骨に拒否し、関係者によると、反対派は欧米を中心に46の参加国・地域の半数を超えたという。本来なら国際交流の場となる選手村は、選手同士の衝突がいつ起きてもおかしくない「異常な緊張状態」にあった。

 IPCは理事会決議を一転させ、ロシアとベラルーシの選手団を大会から除外する決断を下した。

「戦火で血が流れている映像を見れば、スポーツといえども一緒には戦えない。ルールや理念ではなく、我々は人々の感情を読み違えたと言うことだ」

 クレイグ・スペンスIPC広報部長は、決断の背景を厳しい顔でこう説明した。

父がロシア捕虜に、自宅は爆撃で破壊され…

 母国ブラジルの大学でジャーナリズムを学び、自らは健常者ながら一貫して障害者スポーツの普及と発展に注力してきたパーソンズ会長は「スポーツと政治は混同すべきでない。政治が大会に影響を及ぼしてはいけない」との信念があった。だが、戦時下の北京大会ではそれも限界があった。連帯を呼び掛けるパラの精神は分断され、パーソンズ会長は「世界で起こっている特殊な状況下でスポーツと政治を切り離すのは不可能だった。限度を超えたのだ」と現実を受け止めた。

 砲弾が飛び交う中、戦火をくぐり抜けてバスと飛行機を乗り継いで4昼夜かけて北京入りしたウクライナ選手団は、過去最多の金11個を含む計29個のメダルを量産し、開催国の中国に次いで2位と躍進した。

【次ページ】 父がロシア捕虜に、自宅は爆撃で破壊され…

BACK 1 2 3 NEXT
アンドリュー・パーソンズ
クレイグ・スペンス
ワレリー・スシケビッチ
ドミトロ・スイアルコ
フィリップ・クレーブン
ロシア
ウクライナ
ベラルーシ
北京冬季五輪
オリンピック・パラリンピック

他競技の前後の記事

ページトップ