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《命日》「その一球に根拠はあるのか?」「相手を褒め殺しにして…」野村克也が側近に伝授していた「野球は確率」の真相 

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長谷川晶一

長谷川晶一Shoichi Hasegawa

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photograph byKyodo News

posted2022/02/11 11:01

《命日》「その一球に根拠はあるのか?」「相手を褒め殺しにして…」野村克也が側近に伝授していた「野球は確率」の真相<Number Web> photograph by Kyodo News

1993年日本シリーズ、第7戦まで続いた激闘の末に宿敵・西武を下し、胴上げされる。

ヤクルト時代は特別だった。

 南海、ヤクルト、阪神、そして楽天。野村のそばにはいつも松井の姿があった。

「野村さんの野球人生の中でもヤクルト時代が一番熱かった。まだ50代で体力もあるし、満を持しての専任監督就任で気合いも入っていたし。何よりも優勝4回、日本一は3回と結果も出ました。やっぱり、ヤクルト時代は特別だったと思いますね」

 現役時代に野村に見初められ、後にヘッドコーチとして重用されたのが橋上秀樹だ。野村と橋上の出会いは'90年。当時すでに野球界の重鎮だった野村と中堅選手だった橋上の絆が深まる契機となったのは野村の監督就任早々のことだった。

「神宮球場で行われた中日戦で相手のサインを見破ったことがありました。私はベンチにいたんですけど、中日三塁コーチのサインにある共通点がありました。『あっ、このサインはエンドランだな』と思っていたら、やはりそうだった。次の日にも同じサインが出て、つい『エンドランだ』って口にしたら、松井(優典)さんがそれを聞いていて野村監督に伝えたんです」

 またしても、中日ベンチから同じサインが出た。橋上の言葉を受けて、野村は「外せ」と指示を出す。ピッチドアウトは奏功し、走者はゆうゆうアウトになった。

「相手のサインに興味があるのか?」

 試合後、橋上は野村に呼ばれた。

「お前は相手のサインに興味があるのか?」

 橋上はうなずく。野村は続ける。

「ベンチにいる者にも役割はある。そういうことを率先してやってくれる選手がいればチーム力は上がっていくものだ」

 この日の試合後、橋上は「監督賞」を手にしたという。同時にこの日は、野村と橋上との長きにわたる師弟関係のスタートとなった日でもあった。

「野球は確率のスポーツ」という信念。

 その後、いったんは両者の道は分かれた。しかし、野村の阪神時代には「監督と選手」として、楽天時代には「監督とコーチ」として、両者はさらに密な関係を築くことになる。特に'07~'09年は野村の下でヘッドコーチを任されるほどの信頼を得た。

「野村さんの求めるものは緻密でした。たとえばヒットエンドランが考えられるケースであれば、『ストライクを投げてくる可能性が高いカウントは?』とか、『同一球種は何球まで続くのか?』と聞かれます。これは他の監督でもよくある質問です。でも、野村監督の場合は『このカウントでピッチドアウトしたケースは何度ある?』と聞かれるんです。さすがにそこまでのデータは持っていませんでした(笑)」

 野村の下で野球を学んだ橋上は、その後も巨人、西武、そして侍ジャパンで作戦、戦略コーチを務め上げ、「球界の頭脳」としての地位を確立した。

「野村監督は『野球というのは確率のスポーツだ』と言っていました。つまり、ID野球とは確率の高い作戦を選択する野球なんです。そして、確率を高めるにはデータを活用する。そんな野球です」

【次ページ】 ID野球が通用しなくなりつつある?

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