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《命日》「その一球に根拠はあるのか?」「相手を褒め殺しにして…」野村克也が側近に伝授していた「野球は確率」の真相

posted2022/02/11 11:01

 
《命日》「その一球に根拠はあるのか?」「相手を褒め殺しにして…」野村克也が側近に伝授していた「野球は確率」の真相<Number Web> photograph by Kyodo News

1993年日本シリーズ、第7戦まで続いた激闘の末に宿敵・西武を下し、胴上げされる。

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長谷川晶一

長谷川晶一Shoichi Hasegawa

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Kyodo News

2月11日は名将・野村克也さんの命日。そこで彼の代名詞とも言える「ID野球」について、歴代の参謀たちにインタビューした有料記事を特別に無料公開します。<初出:Sports Graphic Number 999号(2020年3月12日発売)、肩書きなどすべて当時>

 ID野球――。1年、野村克也がヤクルトスワローズの監督に就任した際に掲げたスローガンだ。彼の代名詞でもあるこのフレーズが誕生してから、すでに30年が経過した。「Import Data(データ重視)」の略称である「ID」とはどんな野球なのか、その解釈は人それぞれだ。稀代の名将が天に召された今、野村の右腕として、彼の求める野球を追求し続けた参謀たちに「野村野球とは?」「ID野球とは?」と共通の質問を投げかけたところ、その答えはさまざまだった。

 人生を賭して野球と向き合い、その真髄を求め続けた野村克也は、日本プロ野球に何を遺したのか? 日本球界をどのように改革したのか? 改めて問いたい。

 ID野球とは何だったのか?

「当時、大腸がんになったんですよ。間違いなくノムさんが原因で(笑)」

 秋田県秋田市――。笑顔で出迎えてくれたのはノースアジア大学野球部のユニフォームに身を包む伊勢孝夫だった。無類の勝負強さで、現役時代には「伊勢大明神」と畏れられた彼は現在、秋田の地で大学生を相手に「野村野球」を伝授している。

「とにかくノムさんからの注文は細かい。それに応えようと一生懸命に準備をする。それでも、あの口調でぐちぐち、ぐちぐち文句を言われる。医者に言われたよ、『原因はストレスだ』って。納得の理由やね」

 '90年に野村がヤクルトの監督に就任してから、'95年オフに古巣に請われて、伊勢が近鉄バファローズに移籍するまでの6シーズンをともに過ごした。この間はいずれも「監督」と「打撃コーチ」という立場で両者の関係は続いた。

「'90年のユマキャンプで初めてノムさんのミーティングを聞いたときは本当に驚いた。『野球っていうのは、そんなに深く考えて、頭を使ってやらないかんもんなのか?』、そんな感じでしたね」

IDは「根拠」だと理解した。

 監督就任早々、野村は「ID野球」というスローガンを掲げた。一般的には「データ重視」と訳される「ID」について、伊勢はこれを「根拠」と理解した。

「ノムさんが求めたのは『その一球に根拠はあるのか?』ということで、僕の主な仕事は試合中でも相手バッテリーの分析をすることやった。イニングごとに相手投手のデータを一覧にまとめるんだけど、球種で色分けして、コースを用紙に記録する。たとえば3回裏の自軍の攻撃内容を4回表の守備の間に整理して4回裏に臨む。こちらが打者一巡の猛攻なのに、相手の攻撃があっさり終わるとまとめる時間がない。それなのに、ノムさんからは『おい、まだか?』と急かされる。それだけデータを、つまりは根拠を求めていたということやね」

 次に投じられる一球はストレートかスライダーか? 変化球は何球まで続くのか? 狙い球を絞るためにはデータという名の「根拠」が重要になる。当然、正しい根拠があれば狙い球は絞りやすくなる。

「ID野球とは、単純に言えばデータ野球のこと。ノムさんはいつも、“データを収集し、活用すること”と言っていた。でも、僕に言わせれば《ミーティング野球》と言っていい気がするな。ノムさんの話は、野球の戦略や戦術、相手チームの対策だけでなく、『人生とは、仕事とは、人はなぜ生きるのか?』など、哲学的な話が実に多かった。こうしたものも含めたものが《ID野球》じゃないのかな?」

【次ページ】 韓国にも伝わっていた「野村ノート」。

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