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《命日》「その一球に根拠はあるのか?」「相手を褒め殺しにして…」野村克也が側近に伝授していた「野球は確率」の真相
posted2022/02/11 11:01
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph by
Kyodo News
ID野球――。1年、野村克也がヤクルトスワローズの監督に就任した際に掲げたスローガンだ。彼の代名詞でもあるこのフレーズが誕生してから、すでに30年が経過した。「Import Data(データ重視)」の略称である「ID」とはどんな野球なのか、その解釈は人それぞれだ。稀代の名将が天に召された今、野村の右腕として、彼の求める野球を追求し続けた参謀たちに「野村野球とは?」「ID野球とは?」と共通の質問を投げかけたところ、その答えはさまざまだった。
人生を賭して野球と向き合い、その真髄を求め続けた野村克也は、日本プロ野球に何を遺したのか? 日本球界をどのように改革したのか? 改めて問いたい。
ID野球とは何だったのか?
「当時、大腸がんになったんですよ。間違いなくノムさんが原因で(笑)」
秋田県秋田市――。笑顔で出迎えてくれたのはノースアジア大学野球部のユニフォームに身を包む伊勢孝夫だった。無類の勝負強さで、現役時代には「伊勢大明神」と畏れられた彼は現在、秋田の地で大学生を相手に「野村野球」を伝授している。
「とにかくノムさんからの注文は細かい。それに応えようと一生懸命に準備をする。それでも、あの口調でぐちぐち、ぐちぐち文句を言われる。医者に言われたよ、『原因はストレスだ』って。納得の理由やね」
'90年に野村がヤクルトの監督に就任してから、'95年オフに古巣に請われて、伊勢が近鉄バファローズに移籍するまでの6シーズンをともに過ごした。この間はいずれも「監督」と「打撃コーチ」という立場で両者の関係は続いた。
「'90年のユマキャンプで初めてノムさんのミーティングを聞いたときは本当に驚いた。『野球っていうのは、そんなに深く考えて、頭を使ってやらないかんもんなのか?』、そんな感じでしたね」
IDは「根拠」だと理解した。
監督就任早々、野村は「ID野球」というスローガンを掲げた。一般的には「データ重視」と訳される「ID」について、伊勢はこれを「根拠」と理解した。
「ノムさんが求めたのは『その一球に根拠はあるのか?』ということで、僕の主な仕事は試合中でも相手バッテリーの分析をすることやった。イニングごとに相手投手のデータを一覧にまとめるんだけど、球種で色分けして、コースを用紙に記録する。たとえば3回裏の自軍の攻撃内容を4回表の守備の間に整理して4回裏に臨む。こちらが打者一巡の猛攻なのに、相手の攻撃があっさり終わるとまとめる時間がない。それなのに、ノムさんからは『おい、まだか?』と急かされる。それだけデータを、つまりは根拠を求めていたということやね」
次に投じられる一球はストレートかスライダーか? 変化球は何球まで続くのか? 狙い球を絞るためにはデータという名の「根拠」が重要になる。当然、正しい根拠があれば狙い球は絞りやすくなる。
「ID野球とは、単純に言えばデータ野球のこと。ノムさんはいつも、“データを収集し、活用すること”と言っていた。でも、僕に言わせれば《ミーティング野球》と言っていい気がするな。ノムさんの話は、野球の戦略や戦術、相手チームの対策だけでなく、『人生とは、仕事とは、人はなぜ生きるのか?』など、哲学的な話が実に多かった。こうしたものも含めたものが《ID野球》じゃないのかな?」