スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
外国人“鬼コーチ”が日本に課した「長時間練習」は「部活の根性練習」と何が違う? 「日本の高校生はケガを指導者に言い出しづらい」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byNaoya Sanuki/Kaoru Watanabe(JMPA)
posted2022/01/06 11:10
2015年ラグビーW杯で南アフリカ撃破に導いたエディー・ジョーンズ(左)。東京五輪で女子バスケ代表を銀メダルに導いたトム・ホーバス(右)
興味深いのは、ふたりは日本に伝わる長時間練習のカルチャーを否定しつつも、世界のどの国よりも練習をすることで世界を揺るがしたということだ。2015年のラグビー・ワールドカップで日本は南アフリカを下し、女子バスケットボール代表は東京オリンピックで銀メダルを獲得した。
トム われわれは、世界中のどのチームよりも練習をしたという自信、プライドがありました。金メダルを取るにふさわしい練習をしたと断言できます。
エディー 議論すべきは、長時間練習すること、それ自体が目的化してしまっているのか、それとも結果として長時間練習になってしまったのか、ということです。日本の指導者は根性練習と称して生徒を長時間拘束することで、選手たちの集中力を奪っているのです。トレーニングでフォーカスするべき点を伝え、ケガを避けるために適切な休養を与えながら、練習の密度を高めていく。
トム たしかに、長時間練習、定期的な休養を与えなければ、ケガのリスクは高まりますね。
エディー 日本の高校生は、指導者に「ここが痛い」と言い出しづらい環境にあるようです。そして我慢した結果、大きなケガにつながったりすると、指導者は「どうしてもっと早くに言わなかったんだ!」と怒る。自分が言い出しにくい環境を作っていることに気づくべきなのですがね。
トム 私が選手たちに体育館から出て、リフレッシュして欲しいと思ったのは、バスケットボールに対して集中力を高めることのほかにも、適切な休養を取り、回復を促して欲しいというメッセージも含まれていました。今後、日本の選手たちはスイッチのオンとオフ、これが上手になっていくといいのですがね。
ストーリーがある練習プログラム
ふたりが考える練習プログラムとは、どのようなものなのか。一日の練習には「ストーリー」が必要だということは、意見の一致を見たようである。
エディー 日本代表の時は、フィジカルの強化にも重点を置いていたので、朝5時から「ヘッドスタート」とネーミングしたフィジカル・トレーニングを行いました。朝は食事、それから「朝寝」の時間も設けていましたよ。回復を促さないことには、練習の質も高まりませんから。
トム 女子代表の場合、午前中は「ブレイン・ワーク」、コート上で理解を進めるトレーニングが多かったですね。代表にはたくさんのナンバープレー、セットするプレーがあり、それを習得するために、相手をつけず、5人だけがコート上で動きの確認をする。そして午後になると、今度は5対5でその動きを確認する。頭での理解から、体での理解へと進めていきました。
エディー つまり、一日の練習の中にもストーリーがあるわけですね。ラグビーでも同じように、午前中は小さいユニットの練習を中心にして、約束事やスキルを確かめていく。そして、午後になって全体練習に移行して、ユニット間の連携を確認する。それを1週間単位でテーマ設定をして、チーム全体の技術として落とし込んでいくわけです。
トム 世界一になるためには、やることがたくさんあるわけで、結果的に長時間になっていくんですよ。だからこそ、選手たちはそれに耐えられるフィジカル、メンタルが必要になります。
エディー 単調な練習では選手たちも飽きます。練習を工夫する創造性もコーチには求められます。そしてもうひとつ、日本の指導者はラグビーという体格も能力も違う選手たちに、画一的なメニューを与えているのも問題です。高校の部活動で100kgのプロップと、60kgのウィングが延々とグラウンドを走っている。私はそれを見ると悲しくなります。ウィングに必要なのは短い距離のダッシュ力であり、長い時間ジョギングしていたら、スピードが犠牲になってしまう。