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有馬記念でのラストランへ…クロノジェネシスを“誰よりも知る”北村友一の告白「負けたら乗り替わりになると告げられていた」
posted2021/12/25 20:00
text by
軍土門隼夫Hayao Gundomon
photograph by
Photostud
やがて絶対女王となる芦毛を3年前に預かった斉藤調教師、そのしなやかな馬体にデビュー前から跨ってきた北村友一ジョッキー。成長を間近で見た2人がグランプリ3連覇ホースの真髄を語った。今まで有料公開されていた記事を、特別に無料公開する。(初出:『Sports Graphic Number』2021年10月21日号)
限りなく黒に近いグレーに、微かにポツン、ポツンと明るい光が浮かんだような、印象的な芦毛の馬体。そこから繰り出される、まるで意志の強さがそのまま形になったようなエネルギッシュな走りで、クロノジェネシスは現役ながらすでに歴史的名馬と呼んでいい実績を残している。彼女はいったいどんな過程を経て、競走馬としてこれほどまでの高みに達したのだろうか?
2018年6月6日、2歳夏の初めにクロノジェネシスが栗東の厩舎へ入厩したときのことを、管理する調教師の斉藤崇史はこんなふうに振り返る。
「入ってきたときから、北海道のノーザンファームでの評判通り、いい馬だなと思いました。フットワークもいいし、背中もいい、スピードもある。課題はカイバ食いの細さで、そこだけでしたね。それがあったので、調教もやりすぎないように、レースも使いすぎないようにやっていました」
斉藤調教師の信念「それは牝馬に失礼ですよ」
若い牝馬でカイバ食いが問題となるのはよく聞く話だ。食が細いと馬体重が減り、調教の量と強度の確保に苦労する。しかし斉藤は、それを「牝馬だから」と考えることを決してよしとしない。
「牡牝に関係なく、よく食べる馬もいますし、そうでない馬もいます。それは人間と同じです。牝馬だからここに気をつける、というものもなくて、1頭1頭をしっかり見て、その個性をどう伸ばすか、競馬でいい結果を出せるか試行錯誤していくだけ。そう考えながらやっています」
例えばここ15年ほど、ウオッカの登場あたりから頻繁に耳にするようになった「牝馬が強い時代」というフレーズにも、だから軽々しく、反射的に頷いたりはしない。
「よくそう言われますが、昔から強い牝馬はいます。凱旋門賞でも、ガリレオのお母さんのアーバンシー(1993年)が勝っていたり。牝馬なのにとか、牡馬に勝ったから凄いとか、そういうのは違うと思うんです。それは牝馬に失礼ですよ」
性別に関してすら先入観を嫌い、馬の個性と真摯に向き合う。そんな斉藤のもと、クロノジェネシスは競走馬としてデビューし、その可能性を伸ばされていく。
9月、小倉の新馬戦で初勝利を挙げると、10月の東京でアイビーSも勝利して2連勝。続く2歳女王決定戦の阪神ジュベナイルフィリーズは出遅れが響いて2着に敗れたが、年が明けて2月にはGIIIクイーンCで重賞初制覇を飾り、有力馬の1頭として春の牝馬クラシックへ臨んだ。
クロノジェネシスが“覚醒”した瞬間
しかし結局この春も、クロノジェネシスはGIタイトルには届かなかった。
桜花賞はグランアレグリアの3着。オークスもラヴズオンリーユーの3着。能力の高さは疑いようがないが、あと一歩、足りなかった。カイバ食いの課題は残り、それを踏まえた上での調教を施しながらの出走が続いた。新馬戦で440kgだった馬体重は、オークスでは432kgになっていた。
しかし、北海道のノーザンファームで夏を過ごして再び戻ってきたクロノジェネシスは、大きく変わっていた。5月下旬に栗東を出てから3カ月と少し。それはシンプルに「成長」と呼ぶべき変化だった。
「全体的に良くなっていました。落ち着いて、物事に対するゆとりが出ましたし、カイバ食いも良くなっていました。体が大きくなって、体力もついていました。ただ、特にこの時期はどの馬もそうやって成長します。この馬だけの特別な変化があったというわけではないんですが」
いずれにせよ、それはクロノジェネシスにとっては待ち望まれた変化だった。もともと持っており、その内側で大事に伸ばされてきた可能性が、ついに殻を破って外に飛び出す。そのきっかけとなった。
迎えた秋華賞。馬体重はオークスから20kg増と逞しくなった姿で京都競馬場に現れたクロノジェネシスは、ついにGI制覇を果たす。直線で抜け出し、カレンブーケドールを2馬身突き放してのゴールは、その後の活躍を思えば、まさに開花、覚醒の瞬間と呼べるものだった。