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同級生・風間八宏いわく「正義の味方」、岡田武史や古橋亨梧も魅了した情熱とアイデア…頑固な名将・大木武《J3熊本逆転昇格》
text by
渡辺功Isao Watanabe
photograph byJ.LEAGUE
posted2021/12/14 17:02
最終節で逆転優勝を果たし、ロアッソ熊本をJ2昇格に導いた大木武監督。試合後のセレモニーでは、涙を流しながら感謝の思いを述べた
よく「私はサッカー指導者ですので」といった言い方を大木はする。そこには報酬を受け取る以上は、それに見合うだけのサッカー指導を提供しなくてはならない義務がある――。そんな「職人」としての、自負と自戒が込められていると感じる。
静岡訛りを残した語り口はぶっきらぼう。お愛想のできるタイプではない。眼光もギロリと鋭いので、パっと見は威圧感を覚えるかもしれない。学生時代からの古い付き合いになる友人には「試合が終わったあとの、おまえの監督インタビュー見ていると、テレビの前で見ているこっちがヒヤヒヤするぞ」とからわれていたが、取材する側にとっても緊張感が求められる。具体性を欠いた紋切り型の質問や、あらかじめつくったストーリーにあてハメたいがための誘導尋問の類には、まるで取りつく島がないからだ。サッカーそのものへの興味ではなく、サッカーを手段にして地位や名声を得ることのほうに興味があるタイプの業界人には、嫌悪感を隠さない。
ただし、相応の熱量で接すれば、肩書に関係なく真摯に向き合ってくれる。ジャージの似合う、冗談好きで気さくな人だ。
久保裕也、古橋亨梧らを発掘
そんな職人気質の頑固さは、結果が出ていれば「ブレない強さ」「立ち返る場所がある」と評価の対象になる。だが、成績が悪ければ一転「柔軟性に欠ける」「戦い方に幅がない」などと酷評される。
日本代表コーチのあと、11年から指揮を執った京都サンガでは、1年目に天皇杯の決勝で敗れ準優勝。2、3年目はJ1昇格プレーオフでいずれも敗退と、あと少しのところで、栄冠を逃していた。17年から監督に就いた岐阜ではJ2の下位に低迷、19年シーズンの途中に監督退任となっていた。
チームの順位だけ見れば、結果を出せていないと言われても仕方ないのだが、そのなかにあって、まだ高校3年生だった久保裕也(MLS・シンシナティ)の登用や、他クラブの入団テストを落ち続けていた古橋亨梧(スコットランド・セルティック)の発掘。熊本でも昨シーズン、谷口海斗(アルビレックス新潟)がJ3得点王を獲得するなど、若い才能を見出しては、着実にその成長をうながしてきた。
今回の昇格を決めた岐阜戦でも、先制点は熊本のアカデミー育ちで明治大出身のルーキー坂本亘基の、伸びのあるミドルシュートから生まれていた。
大木とは甲府時代からの盟友関係にある、岐阜の安間貴義監督は「今シーズンの熊本は、ああいう(距離のある)位置からのスーパーシュートを、何本か決めています。チームとして継続性をもって、2年間やり続けてきたからこそ、(プレーの)質が上がっているんだと思います。続けることでしか、質は上がらないので」と、地道に続けることで獲得した、熊本の成長を感じ取っていた。