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“最年少記録ホルダー”ヒンギスが41歳に 最強の天才少女は、追いかけ続けた「絶対女王グラフ」を超えられたのか 

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山口奈緒美

山口奈緒美Naomi Yamaguchi

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photograph byGetty Images

posted2021/09/30 11:03

“最年少記録ホルダー”ヒンギスが41歳に 最強の天才少女は、追いかけ続けた「絶対女王グラフ」を超えられたのか<Number Web> photograph by Getty Images

99年の東レでグラフを下し、初優勝を果たしたヒンギス。本日9月30日は41回目の誕生日だ

 少女の面影を残しながら黒いグッチのスーツに身を包んだ新チャンピオンは、「シュテフィの横でそういう質問はしてほしくないんだけど」と隣のグラフをちらりと見て、「まだ時間がかかると思うわ」と答えた。

 それは、ちょっと生意気で、自由奔放で天真爛漫な16歳の精一杯の気遣いだっただろうか。しかしグラフのほうは、この質問や回答に対して上手いリアクションをしてみせる心の余裕が多分なかった。

記者会見の3日前、グラフの父に有罪判決が

 父親ペーターの脱税事件の裁判で3年9カ月の禁固刑という判決が下されたのは、その記者会見の3日前。そしてこの日は検察側が上告した日だった。時差もあり、東京での登壇のタイミングでグラフ自身がどこまで知らされていたか定かではないが、その上告には「シュテフィ本人への容疑もまだ残されている」という内容が含まれていた。

 とてもプレーできるような精神状態ではなかっただろう。それでもひとたび試合が始まると、セットすら落とさず勝ち進み、ヒンギスのほうもシーズン開幕から負けなしの14連勝で決勝へ進出。思い描かれていた最高のシナリオに沿って、2人の直接対決が実現する……はずだった。

 決勝戦のチケットは完売。当日券を求める人々の列ができ、いわゆるダフ屋も派手に活動していた。ところが、試合開始のわずか5分前になって会場に流れたアナウンスで、グラフの棄権が観客たちに告げられた。

 原因は左膝靭帯の損傷。朝の練習も3分で切り上げたというグラフは、遅くとも試合開始の1時間前には棄権の意志を大会側に伝えていたが、グラフへの説得とアナウンス原稿の作成に時間を要したのだという。トーナメント・ディレクターだった野地俊夫氏は、著書『女子テニスと私~東レPPOとの30年を振り返る』の中でこう回想している。

「何度も何度も、説得しましたが、グラフは涙を流しながら首を横に振るばかりです。(中略)私も周りの関係者も呆然となりました」

 決勝当日になっての棄権はツアー史上初めてだったという。グラフが「逃げた」という見方もされたのは、多くの人が劇的な世代交代を予見していたからだろうか。

まさかの緊急事態に観客は……

 チケットの払い戻しを求め、数十人のファンが主催者のもとへ押し寄せる事態となった。緊急措置として一部の払い戻しを行なったことは、結局「言ったもん勝ち」だったわけで、野地氏もそのことをのちのちまで悔いていた。

 しかし、それ以上の大きな混乱にはいたらず、ほとんどのファンがおとなしく席に座り、決勝の代わりに行われることになったヒンギスとナターシャ・ズベレワのエキシビションを観戦していたというのは、実に日本のテニスファンらしい。 

【次ページ】 勝ったのはグラフなのか、ヒンギスなのか?

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