甲子園の風BACK NUMBER
「いいキャプテンがいる時は結果が出る」ドラフト候補・前川右京ではなく、主将・山下陽輔が智弁学園の「4番」に座り続けた理由
text by
沢井史Fumi Sawai
photograph byHideki Sugiyama
posted2021/09/29 17:06
今世代で最も多くの公式戦を勝ち抜いてきた智弁学園。そのチームをけん引したのが主将・山下陽輔だった
そんな中、夏までの智弁学園は、試合ごとに打順の入れ替わりがあったのが特徴だった。前川が1番を打つ時は巧打者の岡島光星が3番、垪和拓海が5番に座った。だが、山下は昨秋のチーム結成以降、4番から動いたことは一度もなかった。小坂監督はその理由をこう明かす。
「キャプテンですし、前チームからレギュラーで色んな経験もしている。山下を4番に固定することで、前川に1番を打たせて経験を積ませることができた。山下に関しては、4番らしくどっしりしてくれているので(動かすことは考えなかった)。このチームは山下のチームでもありましたね」
昨秋の近畿大会では4試合で15打数10安打と優勝の立役者となり、今夏の甲子園では6試合で19打数8安打。チームで2番目の.421の打率を残した。本人は今夏の奈良大会から「迷いが多くて調子が上がらなかった」と振り返るが、準々決勝の明徳義塾戦では4回に同点打を放つなど、勝負強さも見せている。上位打線を入れ替えても、山下が4番にいることで、攻撃の様々な巡りにも対応できていたのだ。
そして、指揮官はこう続けた。
「いいキャプテンがいる時は結果が出ます。(センバツで優勝した)16年も、エースの村上頌樹(現阪神)が目立っていましたけれど、主将で捕手の岡澤(智基=現ホンダ鈴鹿)が周りに声を掛けながら陰で支えてきたから勝てたんです。山下はその岡澤に近い雰囲気があります」
マウンドに駆け寄るタイミング
山下の動きで最も目についたのがマウンドに駆け寄るタイミングだった。
明徳義塾戦では4回にスクイズで先制された直後に、マウンドにいるエースの西村王雅のもとへ。そして2死、二・三塁のピンチを空振り三振で切り抜けている。準決勝の京都国際戦でも、5回の1死三塁のピンチでマウンドの小畠一心に声を掛け(直後に犠牲フライを許すも次打者は三振)、9回にも巧打者・中川勇斗を抑えて2死を取った後にマウンドへ行き、ピッチャーに寄り添った。
「うちのピッチャーは、相手に攻められてきた時にタイムを取るのが苦手なんです。余裕がある時は(西村)王雅はワインドアップにしたりできるんですけれど、ランナーが出るとそれができなくなる。今までの試合を踏まえてターニングポイントはどこかを考えて、自分から動いていくようにはしてきました」
実は、本来は内野陣を大きな声で盛り立てる一塁の三垣飛馬がケガで試合に出る機会が減ったことも、山下の出番を増やすきっかけとなっていた。だが「周りの3年生もしっかりしていたので、決して山下頼みではなかった」と指揮官が言うように、仲間の力を借りながら、山下は成長できたとも思っている。
「周りがチャンスを作ってくれたので、自分は(不動の4番としても)ランナーを還すことだけを考えてバットを振ることができましたし、みんなに支えられてここまで来られました」
始動したばかりの新チームの酒井優夢主将も山下の背中を追い始めている。
「山下さんからはキャプテンがどれだけチームを動かせるかが大事だと言われました。まだまだこれからですが、先輩たちの姿を見習って自分もどんどん動いていきたいです」