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「会場が家に近いから」…緊張のかけらも見せないパラ水泳・辻内彩野に、松岡修造が伝えた日本代表への期待感 

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松岡修造

松岡修造Shuzo Matsuoka

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photograph byYuki Suenaga

posted2021/08/24 17:03

「会場が家に近いから」…緊張のかけらも見せないパラ水泳・辻内彩野に、松岡修造が伝えた日本代表への期待感<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

独特のポジティブ思考でパラリンピックに挑む辻内彩野選手に、競技を見る側としての想いを伝えた松岡さん

松岡:視力障害クラスは3つあるんでしたっけ。

辻内:そうです。全盲が1クラスと弱視が2クラスの計3クラスです。S11、12、13とあって、私のS13クラスは一番障害が軽い弱視のクラス。全盲のS11クラスには2019年世界選手権で銀メダル2個の富田宇宙さんと、2012年ロンドンパラリンピックと2016年リオパラリンピックの2大会で計6個のメダルを取った木村敬一さんがいます。全盲はS11だけで、S12が全盲までいかないけどそれに近い重めの弱視、S13は軽度の弱視という風に分かれています。

松岡:クラス分けは視力テストで判断されるわけですか?

辻内:そうです。クラス分けを受けに行かなきゃいけなくて、まず国内で視力検査の結果を出してもらって(クラス分け委員会に)提出して、海外でもう一度、視力検査とか目の診察とかを受けたりして、視力の状態によって各クラスに振り分けられます。

「違う環境で戦える自分を作りたい」(辻内)

松岡:ここまでお話を伺っておいて今さらなんですが、僕の感覚として、彩野さんの中には障害者も健常者もないように感じます。

辻内:あぁ、自分の中にもないですね。泳げればいいです。

松岡:泳げればいい。敢えてお聞きしますが、ではなぜ目標は健常の大会なんですか。

辻内:高校で水泳を辞めてしまったけど、もし怪我がなくて大学4年間も水泳部に入って競技を続けていれば、たとえ視力が落ちても健常の競技の世界にずっといたんだと思うんですね。でも、辞めてしまって、もうトップレベルを目指すのは無理だろうと諦めていたときに、パラ水泳にチャレンジする機会があった。ならば今まで自分がいなかった世界で挑戦してみたい。その先にもし健常の日本選手権とかジャパンオープンを目指せたとしたら、両方の世界で戦える可能性も出てくるんじゃないかなって。私、過去にいた場所に戻るよりも、新しい場所へ行くのが好きなんです。だから、昔とは違う環境で戦える自分を作りたいという思いが強かったですね。

松岡:可能性という意味では、一旦競技を離れた時期、選手をサポートする側に回りたいという希望もありましたね。

【次ページ】 「人々の心に残るのは結果だけじゃない」(松岡)

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