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「日本ハムの“新球場”建設中というけれど…」北海道の“ナゾの新スタジアム駅”北広島駅には何がある? 広島県との深い関係とは… 

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鼠入昌史

鼠入昌史Masashi Soiri

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photograph byMasashi Soiri

posted2021/09/06 11:00

「日本ハムの“新球場”建設中というけれど…」北海道の“ナゾの新スタジアム駅”北広島駅には何がある? 広島県との深い関係とは…<Number Web> photograph by Masashi Soiri

日本ハムの新スタジアムを建設中(2023年完成予定)…北海道のJR北広島駅には何がある?

 北広島の町としての歴史は、1884年に19戸が入植したことにはじまる。入植した人たちは広島県人だ。それが今の地名の由来になっている。似たようなケースは北海道各地で見られ、たとえば伊達市は亘理伊達氏(仙台藩主伊達氏の分家)が集団移住したことが由来だし、新十津川町は奈良県の十津川郷の人たちが移住したから名付けられた。ともあれ、北広島の人々は広島市民のDNAを受け継いでいるのだ。

 広島県人が遠く中国地方から入植して以降、長らくこの地は畑作や酪農、そして稲作の行われる農村だった。今でこそ北海道は全国第2の米収穫高を誇る米どころだが、ほんらい稲は温暖な気候でなければ育たない。それでも北海道に入植した開拓のパイオニアたちのために品種改良が行われ、中山久蔵という人物が明治の初めに寒さに強い品種の開発に成功。北海道でも本格的に稲作が行われるようになったという。その場所が、実はいまの北広島市内だった。北海道で作られた米を食べているみなさま、北広島に足を向けて寝てはいけませんよ。

 北広島を巡るエピソードは他にもあって、あのクラーク博士が「Boys, be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」と叫んだのは、北広島市内にあった島松駅逓所だとか。なぜ北広島で?と思うが、島松駅逓所という場所は交通の要衝であって、北海道から帰国するクラーク博士が見送りの学生たちに大志を抱けと別れの言葉を贈ったのだという。道都・札幌からほど近いとはいえ、ずいぶん濃度の濃い歴史が詰まっているものだ。

「広島駅」と間違えないように「北広島駅」になった

 さて、そんな北広島の歴史だが、いまの「北広島」という名になったのは比較的新しく、1996年に市制施行してからのものだ。それ以前は、広島町といっていた。さらにその前は広島村。遠くふるさとへの郷愁か、それとも広島県人のプライドか。すっかり同じ名を町の名前に使っていたのだ。それがなぜ「北広島」になったのか。

 はじめて「北広島」という名を使ったのは、鉄道である。1926年に現在のJR千歳線が北海道鉄道札幌線として開通した当時、北広島駅として開業した。なぜ「北」をつけたのかというと、既存の広島県の広島駅と区別するためだ。誰が間違えるんだとツッコミを入れたくもなるが、万が一というものがある。で、この北広島という駅名がすっかり定着していたこともあって、市制施行に合わせて北広島市に改称した(同一の市名は避けるべし、というルールがあったことももちろん関係している)。つまり、北広島は駅名が市名になったという、そんな町なのだ。

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