モーターサイクル・レース・ダイアリーズBACK NUMBER
【絶対王者復活】左回りのドイツGPで発揮された「ライバルに勝つことを諦めさせる」マルケスの強さの本質とは
text by
遠藤智Satoshi Endo
photograph bySatoshi Endo
posted2021/06/23 17:02
ドイツGPで581日ぶりの勝利を遂げたマルケスは、ここまで苦労をともにしてきたパーソナルヘルパーと抱き合い、感傷的な表情を見せた
怪我をした右腕はまだ完調にはほど遠い。30ラップの長丁場を戦い終えたマルケスの右腕には力が残っていなかった。その証拠に右手で一度は持ち上げたトロフィーを左手に持ち替えている。大会の開幕前に「ザクセンリンクは左回りで右腕に負担が少ないので、体力的にはこれまでの5戦より戦闘的になれるかも」とコメントしていたが、その言葉を証明する見事な戦いぶりだった。
しかし、こんな結末を予想することは難しかった。予選は5番手でザクセンリンクでの連続PP記録が10で途絶えていたし、フリー走行、予選の連続ラップのデータからも、優勝を予想できる材料はなかった。マルケス自身も「勝つのは難しい」と感じていたが、巡ってきたチャンスをしっかりとものにした。
これで通算57勝目。優勝回数では、バレンティーノ・ロッシの89勝、ジャコモ・アゴスチーニの68勝に続く歴代3番手は変わらないが、今回の優勝は、マルケスにとって忘れられない勝利になった。
「スタートして4、5周目に雨粒が見えたときに今日は僕のレースになったと思った。この瞬間からプッシュし、そのあと雨が強くなってきたときにさらにプッシュした。後半はオリベイラとの戦いになった。彼は速かったが、巡ってきた優勝のチャンスに自分に頑張ってみろと声を掛けた。今回の優勝は、自分のキャリアの中でもっとも重要なものになった」
ライバルの心を折る走り
アップダウンの多いザクセンリンクには、長い区間を見渡せる撮影ポイントは少ない。レース後半、僕は最終コーナーからフィニッシュラインにかけてのアウト側でカメラを構えていたが、マルケスのエンジン音が聞こえてきて、それを追うようにオリベイラのエンジン音が聞こえていた。その間隔はレースが終盤に向かうとともに狭まっていた。
これは逆転されるかも――マルケスの優勝は難しいかも知れないと思い始めたとき、再び、その間隔が開き始めた。2位になったオリベイラはそのときの状況をこう振り返る。
「マルクはコース前半が速かったが、高速区間の後半は自分の方が速かった。でも、追いつくには十分ではなかった」