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【前例なき挑戦】現役ラグビー選手がなぜレフェリーに? 31歳滑川剛人が「よくしゃべる」理由…目標はW杯と“脱TMO” 

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大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2021/04/15 11:01

【前例なき挑戦】現役ラグビー選手がなぜレフェリーに? 31歳滑川剛人が「よくしゃべる」理由…目標はW杯と“脱TMO”<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

トップチャレンジ―リーグ近鉄vsコカ・コーラ戦でレフェリーを務めた滑川剛人 (中央)

 トップチャレンジの試合で担当した近鉄には、オーストラリア代表でワールドカップ3大会に出場した名SHウィル・ゲニアがいた。「ゲニアはレフェリーに文句ばかり言う」という評判を聞いた滑川は、事前に近鉄の試合の映像を見て、どういう場面でゲニアがレフェリーに文句を言っているのかを観察した。目立ったのは、ゲニアが密集からボールを出すとき、倒れている相手選手が邪魔になり「これはノットロールアウェイ(退避しなかった反則)だろ。なのになぜ反則を取ってくれないんだ」とくってかかる場面だった。

 滑川は試合前、チームのドレスチェックのときにゲニアに自分から声をかけた。

「ノットロールアウェイの選手がいても、ボールが見えていてパスをさばけると思ったら吹かないよ」

 ゲニアも滑川の情報は得ていたようで「現役のプレーイングレフェリーだろ、頼むぜ」と人懐こく返してきた。試合中も滑川は「僕にはこう見えた」といちいち言葉にした。

 それが功を奏したのか、その試合でゲニアは滑川にくってかかる場面はなかった。選手がストレスなくプレーすれば、試合は荒れず、それはTMOせざるをえない危険なプレーを減らすことにもつながるだろう。滑川は言う

「ひとつの会話で選手のプレーが良くなるなら、しゃべったほうがいいと思うんですよ」

 たとえばスクラム。8人と8人の大男が思いきり体重を乗せて押し合い、絶妙なバランスで成立する巨大なアーチは、ちょっとしたことで崩れるデリケートなものでもある。崩れたときは、原因を作った側がコラプシングという反則を科される。選手は互いに「そっちのせいだ」と言い合う。試合は往々にしてヒートアップし、試合がそこで停滞することも珍しくない。そうならないように、滑川は「文句は相手に言うんじゃなく、情報を僕に言ってくれ。それを理解した上で判断するから」と選手に伝えるという。「友達にしゃべるみたいな感じでいいよ」という言葉を添えて。

「スクラムのことはわからない。でもそれでいい」

 それでも、スクラムの判定は世界中どこへ行ってもレフェリーにとって鬼門だ。「スクラムを組んだことのないレフェリーにスクラムの力学は理解できない」という声もよく聞く。だが滑川は気にしない。「スクラムのことは、ホントはわかんないです。でもそれでいいと思う。フロントローの選手だってわかってなかったりするし」と笑うのだ。

「映像を見ながら、トヨタのプロップのヤツに『このスクラムが崩れたのはどっちに原因がある?』と聞いても『いやあ、実際に組んでないとわかんないです』って答えがかえってくるんです。なあんだ、プロップだってわかんないんなら、オレがわからなくても仕方ない。気にしないことにして、スクラムが崩れたら、勝った方に手をあげる(PKを与える)ことにしました。SHとしてスクラムはずっと間近で見てきて、どっちが勝ったかはわかりますから。帝京大のときは、味方が勝たないとボールを入れませんでしたからね(笑)」

 今になって明かされる、帝京大が9連覇の道に足を踏み入れた秘話である。

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