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フランスが不屈の日本人に「ブラボー!」 白石康次郎が53歳で世界一過酷なヨットレースを完走するまで
posted2021/02/25 06:01
text by
矢部洋一Yoichi Yabe
photograph by
Yoichi Yabe
地球を舞台にする長距離外洋帆走レースの最難関、ヴァンデグローブ単独無寄港世界一周ヨットレースに、白石康次郎が二度目の挑戦を果たし、ついに念願の完走を成し遂げた。前回4年前のリタイヤを乗り越えての30年来の夢の実現、そしてアジア人初のその快挙は、いかにして遂げられたか。
2021年2月11日午前11時52分、時折みぞれが混じる曇り空と冷たい風の中、白石康次郎が単独で乗るレーシングヨットDMG MORI Global Oneがフランス西部の港町レ・サーブルドロンヌ沖のフィニッシュラインを横切った。と同時に彼を迎えに出たチームのメンバーやスポンサー、ファンを乗せたたくさんのボートが一斉に祝福のホーンを鳴らして彼の船に近づき、約3カ月ぶりに康次郎と再会。海上は健闘を称え無事の帰還を喜ぶ大勢の人たちの興奮に包まれた。地元のファンたちが「ブラボー! コージロー!」と呼びかける声は、彼の船が港に入って桟橋に舫いを取ったあともあちらこちらから届き、前大会から続く白石のフランスでの絶大な人気の高さを表わしていた。
2020年11月8日にスタートした第9回ヴァンデグローブ単独無寄港世界一周ヨットレース2020-21には、コロナ禍にもかかわらず、過去最多となる33名のセーラーが参加した。ヴァンデグローブは世界でもっとも過酷な単独オーシャンレースの最高峰として知られる。
大嵐、逆風、無風地帯、酷寒…
このレースの始まりは1989年。フランスの著名な外洋ヨットレーサー、フィリップ・ジャントーによって創設され、以来4年に一度、ヴァンデ県レ・サーブルドロンヌをスタート/フィニッシュ地として開催されている。
レースにかかる所要時間はおよそ3カ月、32年前の第1回大会優勝者が109日、今回の優勝者は80日だった。一人の人間が一度にこなす競技時間としては、他のスポーツとは比較にならないほど長い。
レースコースは北大西洋から赤道、南大西洋へと南下して、喜望峰を左に見て南氷洋に入り東進、難所として名高いホーン岬を回って再び南大西洋に入り北上、赤道を越え、北大西洋を北上してレ・サーブルドロンヌに戻るというもの。地球儀を逆さにしてみると、まるで南極大陸一周レースのようにも見える。
途中には大嵐、逆風、無風地帯、酷寒、あらゆる気象海象が待ち受ける。単独であるため取れる睡眠は短く細切れだ。人も船も限界近くを長く走り続けるため、何らかの故障はつきものだ。時にそれは修理不能な致命的なものになる。ヴァンデグローブの完走率はこれまで多くの回で60パーセント台かそれ以下に留まってきた。
しかし、スタートラインに立つことを含めてあらゆる困難を克服し、フィニッシュに到達した者には、「完走者(Finisher)」の称号が与えられ、英雄として遇される。