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フランスが不屈の日本人に「ブラボー!」 白石康次郎が53歳で世界一過酷なヨットレースを完走するまで 

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矢部洋一

矢部洋一Yoichi Yabe

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photograph byYoichi Yabe

posted2021/02/25 06:01

フランスが不屈の日本人に「ブラボー!」 白石康次郎が53歳で世界一過酷なヨットレースを完走するまで<Number Web> photograph by Yoichi Yabe

最高峰のヨットレース、ヴァンデグローブでアジア人初の完走を遂げた白石康次郎

2016年、マストが突然折れる事故に

 ついに資金の目途がついたのは2016年の春先。レースのスタートまで僅か半年ほどしか時間がない。その中で、まず中古の戦えるレース艇を探して手に入れ、チームを作って整備をし、その船で大西洋横断往復航海(復路はレース)を成功させて、レース参加資格を取らねばならなかった。

「普通なら諦める時期、ヴァンデグローブの主催者からも怒られたくらい」と白石は言ったが、土壇場で彼は船にも人にも恵まれた。「奇跡的に」念願のヴァンデグローブ2016-17のスタートラインに立つことができたのだ。ところが、スタートから1カ月後、南アフリカ・ケープタウン沖の南大西洋で、彼の船スピリットオブユーコーIVのマストが走行中に突然折れる事故が発生した。洋上での修理は不可能。マストがなければ、帆が上げられず、ヨットはエンジンを失ったのと同じだ。白石はやむなくレースからの棄権を運営本部に伝えた。リタイヤは初めての経験だった。

夢にまで見た新艇には異次元の新兵器が

 しかしこの後の発想が康次郎の真骨頂になる。「船を日本に持って行き、応援してくれている人たちに見せ、乗ってもらって喜ばせたい」チームの中にはフランスに持ち帰って4年後に備えたらいいという意見もあったが、白石は違う何かを見ていた。「人に喜んでもらうこと、失敗しても大丈夫なんだという姿を見せて人を元気づけることが僕の仕事」と彼は言う。白石は日本初公開となるその世界一周レース用ヨットで日本中をめぐった。そしてその活動の中から、今回の白石のチームオーナーであるDMG森精機の森社長との縁もつながっていくことになる。

 ヴァンデグローブ2020-21に向け、DMG森精機がセーリングチームを立ち上げ、そのスキッパーとして白石康次郎氏を擁し、新艇を建造して挑戦すると発表がされたのは2018年秋の事だった。

 マストを折った前回の悔しさを秘めての2度目の挑戦、しかも船は白石が夢にまで見た新艇だ。これまで4度の世界一周は資金で苦労し、古い中古の船をなんとか仕上げて成し遂げてきた。しかし今度は違う。必要な資金は確保され、整備にも良い人材を集められる。早速フランスに拠点を設け、船のデザインと建造者を決めて準備は始まった。今度の船には最新の水中翼がついている。この翼は帆走中船体を海面から持ち上げて水の抵抗を大きく減じることで、異次元のスピードを手に入れられる前大会に初めて登場した新兵器だ。優勝を狙う選手たちの船には皆装備されている。それを白石も手に入れたのだ。

 とはいえ今回の大きな目標は前回のリタイヤを踏まえて「完走」に設定された。達せられれば、アジア人として初めての快挙になる。

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白石康次郎
DMG MORI SAILING TEAM
多田雄幸

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