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フランスが不屈の日本人に「ブラボー!」 白石康次郎が53歳で世界一過酷なヨットレースを完走するまで
text by
矢部洋一Yoichi Yabe
photograph byYoichi Yabe
posted2021/02/25 06:01
最高峰のヨットレース、ヴァンデグローブでアジア人初の完走を遂げた白石康次郎
大手術、コロナ、装置の誤作動による再びの事故
だが、白石には今回もいくつものドラマが待っていた。新艇の建造が始まって間もなく、彼の心臓に動脈瘤が見つかり入院、大手術は成功したものの約半年間トレーニングも満足にできない日々を過ごすことになった。さらに、傷が癒えてさあ練習となったところで、今度はコロナ禍がフランスにも蔓延した。新艇のシェイクダウンに参加を予定していたレースが中止となり、整備の現場にも大きな制約がかけられて、すべての計画に狂いが生じた。コロナは白石のチームだけではなく、今回のヴァンデグローブに参戦した全員に影響を及ぼした。
スタート前日になっても、白石を含め多くのチームが準備不足を解消できず、やり残した課題を抱えて不安なスタートを迎えるほかなかった。
そしてスタートから6日目、白石の船を大きなトラブルが襲った。自動操舵装置が誤作動して船が暴れ、メインセール(主帆)の上部が大きく真っ二つに裂けてしまったのだ。レース続行が危ぶまれるほどの破損状態だったが、これを彼は約1週間をかけて洋上で修理した。もう一度破れたら材料はなく直せない。しかし船体にもマストにも問題はなく、もしまた破れても、救助を呼ぶことなく自力でどこかに避難はできる。ならば行けるところまで行こうと彼は決断した。ところが意外にも、修理したセールはその後良く持ってくれた。持つどころか、一時30位台にまで落ちた順位を彼は次第に取り戻し始めた。白石がレースの後半に強いのはいつものことだが、今回は手負いのセールで前の船を抜く喜びも手伝ってか、最後まで追撃の手を緩めることはなかった。
勇敢な不屈の日本人を世界が見ていた
白石康次郎(53歳)、2度目のヴァンデグローブの最終成績は、所要時間94日21時間32分56秒、全33名の参加選手中16位となった。スタート前の大目標、“完走”を見事に達成しただけでなく、序盤での大きなトラブルにもかかわらず16位でフィニッシュしたことは、レース仲間や関係者からも高く評価された。
そして何よりも、いつも笑顔で明るい、勇敢な不屈の日本人がいることをフランスはじめ多くの国々に伝えたことも、大きな功績と言って良いだろう。
レースを終えた白石に次を尋ねると「僕はもともと世の中を明るく元気にしたいというのが目標で、それをどう表現しようか、というのがこのヴァンデグローブだった。その目標に引退はない。生涯続けてやる」と答えた。