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めまい、不眠、恐怖心…それでも“過酷な減量”は必要か レスリング・高谷惣亮の「甘えではない」戦い方
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byAFLO
posted2021/02/05 11:00
昨年12月に行われた全日本選手権男子フリー92kg級決勝での高谷惣亮(上)。史上初の4階級制覇を成し遂げた
パワー不足でさらに体重を82kgまで増やすと
高2の国体から74kg級を主戦場とし、リオ五輪までの約10年間、この階級で戦った。この間、11年の全日本選手権74kg級で初めて日本一の座に就き、12年ロンドン五輪に出場。14年世界選手権では銀メダルに輝き、16年リオ五輪にも出場した。持ち前のスピードを生かした鋭い片足タックルを武器とするスタイルで、『タックル王子』の異名をとった。
ただ、外国勢との戦いではどうしてもパワー不足を感じてしまい、ロンドン五輪前から普段の体重を82kgくらいまで増やした。すると今度は、年齢を重ねるにつれて減量がきつくなっていった。当時は試合の前日計量というルールだったから何とか戦えていたが、リオ五輪ごろは相当な苦しさだったという。16年は右膝じん帯損傷のケガもあり、リオ五輪では力を出せぬまま敗退した。
計量のルールの変更後、74kg級を戦うのは無理
転機を迎えたのはリオ五輪の後だ。世界レスリング連盟が過度の減量が肉体に与えるダメージを問題視するようになり、18年1月から当日朝の計量へとルールが変わった。
計量のルールが変われば戦略も当然変わる。減量の幅は階級や選手によって異なるが、前日計量の場合は普段の体重から1カ月ほどでリミットまで体重を絞り、計量後に爆食いして5kgも6kgもリカバリーする。「一晩で何kg増やせるかが勝負の分かれ目になる」とまで言われ、“レスリングとはそういうものだ”と捉えられていた。しかし、当日計量では、計量から試合までの時間が短いため、たくさんの食事を摂ることはできない。
高谷は階級を上げる決心をした。
「リオ五輪の頃の僕の普段の体重は83、84kgでしたから、当日計量のルールで74kg級を戦うのは無理だと思いました」
そこで17年はひとまず79kg級(非五輪種目)で戦うことにし、その翌年の18年から86 kg級へ上げた。すると、思い切った決断が高谷を新たな境地へと導いた。
減量の必要がないことで「レスリングを楽しくできるようになった」というのだ。