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ギグス、フィーゴ…サッカー界の「ウイング」は死んだのか 39歳“最後の生き残り”ホアキンに聞く「今はパサーの時代だが…」 

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豊福晋

豊福晋Shin Toyofuku

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photograph byGetty Images

posted2021/02/10 17:00

ギグス、フィーゴ…サッカー界の「ウイング」は死んだのか 39歳“最後の生き残り”ホアキンに聞く「今はパサーの時代だが…」<Number Web> photograph by Getty Images

今年7月に40歳の誕生日を迎えるホアキン・サンチェス

「あの年齢で、なんでそんなにできるんだろう。そう思いながら見てました。ドリブルのかわし方はやっぱりうまかった。昔は右サイドで完全に縦に行くという選手だったけど、一緒にやってみると、左サイドでかわしながらパスも出して味方を使って、自分も使われている。本当にいろんなことができる。器用なんです」

 かつてのスペシャリストは時と共に自らを変化させていった。変幻自在にポジションを変え、チームが目指すサッカーに適応した。生き延びるのは変化に対応できるもの、ということか。乾は続ける。

「ホアキンって、キックの印象、あんまりないでしょう? でも、キックがめちゃ上手いんですよ。それも生き残っている理由かな。コーナーとか直接狙ったりするし、直接FKも蹴る。クロスも上手いからアシストも多い。頭がいいんです。頭を使えば年齢は関係ない。ホアキンからそう学びました。年を重ねても、考える力さえちゃんとつけていければ、いろんなサッカーに合わせられる。だからどこへ行っても活躍できるんです」

 近年はベティスの幹部を務めていたセラ・フェレールもつけ加える。

「時は流れ、サッカーも変わった。それでもピッチにホアキンはい続けている。あいつはまだやるだろう。そして、まだまだやれる」

 衰えは見えない。昨季のアスレティック・ビルバオ戦、ホアキンは開始わずか20分で3得点を決め、チームを勝利に導いた。ベティスのホームが1年で最も沸いた瞬間だった。

「僕は点取屋じゃないし、あんなことは今後何度もあるわけじゃない。それだけに嬉しかったね。誰もが僕の名前を叫んでいた。これが幸せなんだ」

 ホアキン以上に喜んだのはチームメイトだった。彼らはその日の英雄のために、使用ボールにひとりひとりメッセージを書いてプレゼントした。ホアキンはそのボールを「金塊のように大切に布に包んで」しまっているという。

 ベティスを象徴する存在は、ベティスで最も愛される存在でもある。乾がロッカールームの出来事を証言する。

「最初は有名だし、ツンツンしてるんだろうなと思ってました。でも入ってきたばかりの自分にもめちゃ話しかけてくれ、助けてくれた。あの人が話せば、みんなが耳を傾ける。主張もするし、でも人の意見もちゃんと聞いてくれる。人間味があって、人望がある。そうじゃなかったらここまでこれないですよね」

ホアキンは取り残されたのではない

 ベティスとの契約は21年夏まで。彼はいつまでプレーするつもりなのだろう。

「いつまでやるかはまだ決めてないな。やれるところまでだ。いつかもう終わりが来たと思うときまで、まだしばらくはピッチを走っていたい」

 ホアキンは進化し続けている。その根本には今もフィーゴの緩急が流れる。ウイングという概念はピッチにはもうないのかもしれない。しかしウイングとして生きた時間、その魂はどんなサッカーになっても引き継がれていくだろう。

 取材前、勝手に思い込んでいた。ホアキンは時代に取り残されたウイングだったのではないかと。08年に欧州を制したスペイン代表メンバーから外れ、10年にワールドカップを掲げることもなかった。生まれた時代が違っていれば、さらなる栄光も手にしていたのではないかと。

 しかし違った。彼は取り残されたのではなく、むしろ時代の変化に適応していたのだ。愛する闘牛士のようにひらりと、誰よりも器用に。そしていまはベニト・ビジャマリンで一番の喝采とチームメイトの尊敬を集める。これ以上の幸せはあるだろうか。

「Felicidad y alegria。幸せと喜び。僕がずっと大事にしているものだ。 僕の存在が、この笑顔が、人々にそんなものを伝えられればと思う。サッカーは喜びでなきゃならない」

 39歳のその手にカポテはない。それでもピッチで見せる太陽の笑顔は、バスタオルを振りまわし、想像の猛牛の突進をかわした頃から変わっていない。愛する街で、愛する人に囲まれ、いつかのウイングはアンダルシアの大地を走り続けている。

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