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なぜ炭治郎はこんなに痛がるの…? 『鬼滅の刃』爆発的ヒットを支えた「理不尽のセルフ実況」とは
text by
黒木貴啓(マンガナイト)Takahiro Kuroki
photograph by©吾峠呼世晴/集英社
posted2020/12/04 11:02
3巻24話より
ジャンプの歴代作品でも、例えば次のようなロジックを使って描かれている。
(1)数字(『ドラゴンボール』の戦闘力の計測システム、界王拳○倍、『ONE PIECE』の懸賞金額)
(2)権威や階級制度(『BLEACH』の死神○番隊隊長・副隊長、『ONE PIECE』の七武海や四皇、海軍)
(3)修練で得た技が通用するか否か
(4)第三者、過去の強敵による実況解説
『鬼滅の刃』でも、どれだけ厳しい修行をしているかを流れた年月の長さや岩の大きさで示したり、鬼の階級制度も登場する。最初の必殺技であった「全集中の呼吸」が通用しなくなり、常にその呼吸法で過ごす「常中の呼吸」を習得するなど、過去の王道バトル漫画のさまざまなロジックを駆使して、敵の強さを強調することが多い。同時に、『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズに見られるような、敵の得体のしれない能力によって、突如として理解不能な状況に陥る恐怖、サスペンスの作り方も極めて秀逸だ。
それによって生み出された困難な状況で、キャラクターによる「痛みのセルフ実況」は、その場の緊張感や恐怖を存分に膨らます。
ロジック描写+セルフ実況=「湿度の高いグロテスク」
122話、上弦の肆との戦いで炭治郎が超音波攻撃を受けたときも、おぇっと吐き出すだけでなく、「こっ… 鼓膜が破れた」「目が回る立てないだめだ!!」と脳内実況する。三半規管が狂った症状のリアリティを、言葉で補強している。
読者もその場の緊張感と理不尽な実態を把握して「そんな辛いのか」とキャラクターに共感する。この先このキャラはどうなってしまうのか……。続きが気になり、ページをめくる手が止まらなくなるのだ。
こうしたモノローグやセリフによる痛みの描写は、身体の医学的な理解と、語彙、高い文章表現力がないと難しい。ここに少年誌のバトル漫画に「湿度の高いグロテスク」を持ち込んだ、吾峠呼世晴の作家性を感じる。
特に短編集『吾峠呼世晴短編集』に色濃いが、吾峠作品の語り口は、江戸川乱歩のようなアングラ感をイメージさせる。絵柄にも、乱歩の『芋虫』『パノラマ島奇談』を漫画化している丸尾末広といったエロ・グロ・ナンセンスのエッセンスがあり、白黒のメリハリ、着物の幾何学模様など大正ロマンなモダンデザインも加わり、おどろおどろしさと品格が同居した世界が描かれる。
痛みの実況は、ただ敵の強大さを膨らますだけでなく、作品全体に漂う耽美な空気にもマッチしている。吾峠呼世晴ワールドにおける大事な構成要素となっているのだ。