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なぜ炭治郎はこんなに痛がるの…? 『鬼滅の刃』爆発的ヒットを支えた「理不尽のセルフ実況」とは
text by
黒木貴啓(マンガナイト)Takahiro Kuroki
photograph by©吾峠呼世晴/集英社
posted2020/12/04 11:02
3巻24話より
1話目でも炭治郎が傷ついた禰豆子を背負って雪山を歩くときも「息が苦しい 凍てついた空気で肺が痛い」。3話目の修行中に「それにこの山!! この山は 空気が薄いんだ!! 俺が住んでいた山よりも遥かに薄い!! だからこんなに息が苦しくてくらくらする」と、序盤から片鱗はある。
修行や鬼との戦いが激しさを増すに連れ、痛みのセルフ実況はエスカレートしていく。顕著になったのが、3巻の鼓の鬼との戦い(24話)で放った次のモノローグだろう。
「珠世さんに手当てをしてもらっているが 怪我は完治していない」
「勝てるのか? 俺は……」
「その怪我が痛くて痛くて堪らないんだよ!!」
「俺はもうほんとにずっと我慢してた!! 善逸を女の子から引き剥がした時も声を張った時も」
「すごい痛いのを我慢してた!!」
「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった」
「踏ん張ったりすると折れてる所が軋んで力が入らないんだ」
「あの鬼の………爪のような痕がつく攻撃 アレが怖くて向こうに近づけない」
「万全な状態じゃないから間合いの内側に入ろうと突っ込んで行った時 痛みが走って脚が縺れたら……」
悟空もルフィもこんなに言わない。顔を歪めたり叫んだり倒れ込んで動けなくなったりするけど、どれだけ痛いのかここまできっちり説明しない。90年代、00年代までは、いくらしんどい状況でも表に出さないのがヒーローらしかったからだ。
悟空が大猿化したベジータにボロボロにされ、倒れ込みながら最後の力を振り絞ってエネルギー弾を放った後のセリフなんて、「こ…これでオラにはハナクソをほじる力も残っちゃねえや…ス…スキにしろ…」と、やせ我慢がヒーローのロマンとして描かれている。体の具体的なダメージも、敵のベジータが「いまのでずいぶんと骨が折れたようだな いたいか? え?」と代弁してくれるように、第三者が実況しがちだ。
しかし『鬼滅の刃』では、炭治郎自らが本人にしかわからない痛み、肉体の状況を具体的に脳内で語る。肺、呼吸、血の巡りがどうなっているか。骨折も、踏ん張ったときの軋(きし)みも……。
見方によっては、ひ弱で理屈っぽい。それでもこの“理不尽のセルフ実況”が、バトル漫画における激しさやスリルを強調し、炭治郎たちの戦いをより魅力的にかっこよく描写している。
バトル漫画で「盛り上がり」をどう見せるか
バトル漫画では戦いの状況が「どれだけ危険なのか」、敵が「どれだけ手強いか」、修行が「どれだけ大変か」など、盛り上がる場面を絵だけでなく、あらゆるロジックでわかりやすく伝えるのが大切だ。読者にハードルを高く感じてもらうほどハラハラ感が増し、その後に克服したときの感動も大きい。