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なぜ炭治郎はこんなに痛がるの…? 『鬼滅の刃』爆発的ヒットを支えた「理不尽のセルフ実況」とは 

text by

黒木貴啓(マンガナイト)

黒木貴啓(マンガナイト)Takahiro Kuroki

PROFILE

photograph by©吾峠呼世晴/集英社

posted2020/12/04 11:02

なぜ炭治郎はこんなに痛がるの…? 『鬼滅の刃』爆発的ヒットを支えた「理不尽のセルフ実況」とは<Number Web> photograph by ©吾峠呼世晴/集英社

3巻24話より

なぜ炭治郎は「理不尽」を実況するのか

 では、なぜ炭治郎は「理不尽」を言葉にするのか?

 冨岡義勇の「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」、鱗滝が鬼の止めの刺し方を聞く炭治郎に厳しく言い放った「人に聞くな 自分の頭で考えられないのか」……。本作は物語を通じて“理不尽に立ち向かうために、自分の頭で考えろ”というメッセージを発し続けてきた。

 炭治郎は激しい苦痛と向き合った後、どうすれば状況を打破できるのか、ひたすら思考を繰り返す。逃げ出したくなるような恐怖を、才能や血筋、根性論でなんとかするのではなく、理不尽を認めた上できっちり分析・思考して対処している。

 鼓の鬼との戦いでも、「紙を踏まないように避けたおかげで 怪我が痛まない体の動かし方 呼吸の仕方がわかった」「呼吸は浅く速く その呼吸で骨折している足回りの筋肉を強化する」と、思考の過程まできっちり実況してくれる。

 過酷な状況でも冷静さを保ちながら、問題を把握し、思考、意思決定、そして実行する。勇敢でかっこいいだけでなく、地に足ついて説得力があり、理想や希望を与えてくれる。だからこそ感情移入も伴い、理不尽を突破したときの感動が何倍にも膨らんで訪れるのだ。

 戦いのたびに最高のカタルシスが待っているのが『鬼滅の刃』なのである。

「作家・吾峠呼世晴」だからこそ

 セルフ実況の妙を紐解くほど立ち現れてくるのが、吾峠呼世晴の“行動原理の徹底追求”だ。コミックスでのおまけページ「大正コソコソ噂話」で、胡蝶しのぶが炭治郎に初対面で切りかかったのは「普段から天然ドジっ子な義勇が鬼を前にボーッとしていて危ないと思ったから」など、些細なシーンのひとつひとつに「なぜそうなったのか」を解説しているのは驚かされる。

 キャラの言動に自分なりの答えを見つけるまで、ひたすら熟考している。集英社の採用サイトで公開された歴代担当編集者の座談会でも、次のようなエピソードが語られている。

「吾峠先生はマンガに対してすごく真摯な方で、打合せでも本当に細かい部分まで追求されました。例えば僕が『マンガはキャラが大事』と言うと、『いつどこでどのようにキャラは大事なんですか、そもそもキャラとは何を指しているんですか』と。さらに僕がそれについて説明すると、『では、それは具体的にはどのように描けば読者に伝わりますか』と、より深く質問してくださるんです」(集英社の採用サイトより)

 まるで作中に、鬼殺隊士と鬼が戦闘中にどちらが間違っているか論じ合う、おなじみのディベートシーンのようだ。

 どれだけ理不尽なのかを言葉で描写してサスペンスをつくり、攻略過程、キャラの行動原理をわかりやすく伝える。2つの意味で、炭治郎やキャラたちが「セルフ実況解説する」のはヒットを支えた。そしてこれは卓越した文章表現力と、キャラ心理を徹底追求する思考力を併せ持つ吾峠呼世晴だからこそ成し得た、オリジナリティ溢れる読者へのアプローチだったのだ。

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