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日本のスクラムの強さとは一体なにか? 堀江翔太、稲垣啓太らを突き動かした「慎さん」の情熱と探究心 

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倉世古洋平(スポーツニッポン新聞社)

倉世古洋平(スポーツニッポン新聞社)Yohei Kuraseko

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posted2020/11/02 11:01

日本のスクラムの強さとは一体なにか? 堀江翔太、稲垣啓太らを突き動かした「慎さん」の情熱と探究心<Number Web> photograph by AFLO

長らく日本の弱点と言われてきたスクラム。長谷川慎コーチはフランスやヤマハで培った技術を日本代表へ還元した

稲垣の言葉が持つ説得力

 3人集まれば派閥ができるというぐらいだから、大所帯のFWがいつも同じ方向を向いているわけではない。出身国は、韓国、トンガ、南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリアと多様だ。代表のリーダーグループの一員である稲垣は、ベクトルの向きを一致させることに腐心してきた。ピッチで集まった時、ホテルで映像を見る時、心がけていることがある。

「なるべく質問を投げかける。意識が僕に集中しているかどうかといえば、全員がそうとはいえない。他のプレーだったり、水のことを考えていたり。そこで質問を投げけると、集中、というマインドになる」

 言葉の説得力は、日頃のストイックな取り組みが生み出している。186cm、116kgという巨体ながら、体脂肪はプロップでは驚異の1ケタに迫る。ダッシュのメニューはいつもFW陣の先頭を走り、己を追い込むことをいとわない。

 15年大会。南ア戦で右手中指を骨折したが、次のスコットランド戦に強行先発した。グラウンドを離れれば、母校のラグビー部に芝生を寄贈。その資金300万円も、骨折も、自己節制も、痛みを伴わないわけはないが、内に秘めた思いや感情を表に出さず、平然とやってのける。「決して笑わない男」の素顔は魂の人であり、人情家なのだ。

堀江の存在が放つ信頼感

 そんなプロップに挟まれる堀江は、技術的にも精神的にも扇の要だ。11年、15年に続いて、今回が3度目のW杯。日本のスクラムの推移を誰よりも分かっている。

「15年に比べると、後ろ5人の“押し”を感じる。それに、今のような詳細な決め事や取り組みがあったわけではない。11年はほとんど組んでいませんでしたね。(今と比べると)スクラムじゃない(笑)」

 後列からのプッシュを今まで以上に感じ取れる分、「1、2、3番は崩すことばかり考えている。相手が弱い姿勢になるように」と駆け引きに集中できている。

 もちろん、個の強さよりもまとまりが重視されるスクラムが最初からうまく行ったわけではない。長谷川は言う。「堀江は最初、変化を嫌がっていた。ヤマハの日野(剛司)にも負けてたしね」。半信半疑でスタートし、形になり、少しずつ結果が伴い、教えに納得するようになった。

「どうすれば8人が固まれるか、低くできるか、それを慎さんは教えてくれる」

 教える側にとっても堀江は欠かせぬ人物だと長谷川は評する。「週の始めにいつも話をする。キツい時、うまく組めない時に、どうしようと」。堀江を通じて、意図や狙いが選手に浸透するケースも多いという。

 仲間からの信頼も厚い。9月に中島が金髪にした際、真っ先にかばった。日本協会・藤井雄一郎強化委員長に「自由にさせてあげてほしい」と伝えた。自分のドレッドヘアが賛否を呼んだことがある。もしかしたら、どこかの重鎮や権威から、不愉快という声が届くかもしれない。それを防いでほしい。後輩を守るための行動だった。

 プール戦4試合に、代表31人中5人が出場しなかった。分析、練習相手として躍進を支えた右プロップ木津悠輔らを、堀江はタイミングを見て食事やコーヒーに連れ出した。稲垣も同じ気遣いをしていた。

 自分を犠牲にしてボールを生かす。この競技にふさわしい、ハートフルなメンバーがスクラムを組んでいる。しかも、長谷川の情熱、探究心に感化され、皆が「慎さんを100%信頼している」と声を揃える。

 心も8人一体。日本のスクラムの強さがここにある。

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