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日本のスクラムの強さとは一体なにか? 堀江翔太、稲垣啓太らを突き動かした「慎さん」の情熱と探究心
posted2020/11/02 11:01
text by
倉世古洋平(スポーツニッポン新聞社)Yohei Kuraseko
photograph by
AFLO
あれは勝利の雄叫びだったのか。
前半36分の出来事だから、勝敗が決まったわけではない。だが、あの場面での「スクラム」の勝利は、試合の大局を占う点で大きな意味を持っていた。
9月28日、アイルランド戦。田村優の2本目のPGが決まって6-12と迫った直後のことだ。キックオフからのリターンで日本はミスが出てボールを相手に渡してしまった。日本陣22m付近の相手ボールスクラム。「A組最強」の呼び声高かったアイルランドには絶好のチャンスだ。組む直前、左プロップのキアン・ヒーリーがフッカーのローリー・ベストの背中をポンと叩いた。言外に「いくぞ」の意思が伝わる。
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ヒーリーはプロフィール欄の「プロDJとしても活動」が目を引く代表91キャップ。ベストは主将にして120キャップのレジェンド(数字は試合当時) 。W杯開幕を世界ランク1位で迎える原動力になった歴戦の猛者が「クラウチ、バインド、セット」のコールの後、グイッと前に出た。
しかしジャパン8人の隊列は乱れない。第1列が耐え、盛り返す。右プロップの具智元が、トイメンの「DJ」ヒーリーの体をめくり上げる。前進が始まり、緑の塊が散り散りになった。FWの先発平均体重109.8kgの日本が、110.2kgの世界有数のスクラム大国を崩壊させた。
逆転勝利の伏線になったスクラム
主審の笛が鳴った瞬間、具が目を見開き、吠えながら力強く右手を振り下ろした。
左プロップ稲垣啓太、フッカー堀江翔太はレフェリーの、手の向きで自分たちが反則を奪ったことを横目で確認すると、鬼気迫る表情を和らげた。バックスがFWの元に集まる。松島幸太朗が具の頭をなでて労い、ちょっとした歓喜の輪ができた。
相手の土俵と思われたこのセットプレーで五分五分、それ以上の力があることを証明した。そして強敵の攻め手を1つ消したことが逆転勝利の伏線になった。