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「道路がダメなら、山から行くぞ!」
熊本豪雨で際立ったトレランの知恵。
text by
山田洋Hiroshi Yamada
photograph byYusuke Yoshida
posted2020/08/25 17:00
豪雨の直後、球磨川上流部にある八代市坂本地区に向かったトレイルランナーの吉田諭祐さん。
トレイルには倒木すらなかった。
当時、まだ地元の行政やボランティアの拠点となる社会福祉協議会からの情報は少なかった。田中さんたち専門家にとっても、災害に関するZoom報告会で披露された吉田さんたちの情報の豊富さと鮮度の高さは驚きを持って受け止められていた。
当時の様子を吉田さんはこう振り返る。
「逆走した10kmほどのトレイルは、地元の人から『よくそんな道を見つけたな!』と驚かれるような、かつての古道や廃道をコース整備して復活させたルートなんです。それがあの豪雨のあとでも、私たちが再整備した木段もしっかり残っていて、トレイル上には倒木すらありませんでした」
一方、田中さんは、“山ルート”が無傷だったことに近代化を突き進んできた現代社会への警鐘を感じ取っていた。
「私が所属する熊本創生推進機構は、2016年熊本地震からの復旧・復興支援、地域の課題解決及び地域志向の人材育成を図り、熊本の地方創生に資することを目的に組織されたものです。
私は土木計画という分野の土木技術者として、主に復興まちづくりに従事しているのですが、近現代に作られた鉄道、橋、道路が災害によって壊され、昔の古道や廃道を復活させたトレイルが無傷だった事実は、衝撃を受けました」
非効率的と無視されてきた山地。
明治以降の近代化の大命題は、谷間である川沿いから海に向かうまでのエリアに平地を確保し、大量輸送と移動のスピードアップを実現させることだった。つまり、道路と鉄道網といったインフラ整備だ。
田中准教授は続ける。
「効率化、経済性重視、利便性の追求は近代土木の中心テーマでした。そのためには“平らであること”が必要条件で、近代化の一端として、川沿いは比較的平坦のため、道路や鉄道などインフラ整備には好都合でした。一方で、アップダウンのある山地は非効率的で非合理的だとされたわけです」
近代的なインフラ整備の思想は、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエら20世紀を代表する建築家グループによって提唱されたCIAM(近代建築国際会議)が1933年にアテネ憲章で謳った「都市の4大機能」につながる。
「彼らが定義した住む・働く・憩う・移動の4つのうち、移動を担うのが土木です。速く、大量に、安全にをキーワードに、土木が担った近代化とは移動革命そのものだったのです。私たちは川と都市を見ていた。ところが吉田さんは、道路がダメなら山があると即座に行動したわけです」