Number ExBACK NUMBER
「道路がダメなら、山から行くぞ!」
熊本豪雨で際立ったトレランの知恵。
text by
山田洋Hiroshi Yamada
photograph byYusuke Yoshida
posted2020/08/25 17:00
豪雨の直後、球磨川上流部にある八代市坂本地区に向かったトレイルランナーの吉田諭祐さん。
土砂崩れで通行不可能な国道、無傷のトレイル
「JR肥薩線も走る球磨川沿いは悲惨な状況でしたから、レースで使うトレイルを逆走する形を選択しました。あの時は、体が自然と動いたというか、無我夢中でした」
トレイル用のバックパックに2L以上の水と補給食、そしてレインウエアなどの必要な装備を携え、トレイルシューズを履いて“山ルート”に入ると、吉田さんは意外な光景を目にする。
川が氾濫・決壊し、橋は流され、道路は寸断されているにもかかわらず、山の上にあるトレイルは無傷だったのだ。
5日の昼前に坂本地区に入った吉田さんの前には目を覆いたくなるような状況が広がっていた。吉田さんはスマホを手に取り、写真や動画を撮影。SNSに投稿するとシェア400件以上の拡散を生んだ。
熊本大学の田中准教授は「まさか」。
この吉田さんの動きに「感銘を受けた」と話すのは、熊本大学熊本創生推進機構の田中尚人准教授だ。
「災害が起きると真っ先に現地に向かうのが土木の人たちです。全国の土木関係者は、自衛隊や消防の方々が救助と復旧を行うための被災状況を確認し、緊急・救急車両の通行を可能にする『啓開』(けいかい)を行います」
啓開はあまり聞き慣れない言葉かもしれないが、2011年の東日本大震災において、自衛隊や消防による救助活動を覚えている人は多いことだろう。
大規模災害では、応急復旧を実施する前に救援ルートを確保するため、障害を取り除き、道路を切り開く必要がある。それを啓開と呼び、地元の土木従事者が担っている。ちなみに東日本大震災時における大規模な啓開を『くしの歯作戦』と呼ぶ。
「まさか、トレイルランナーが誰よりも早く被災地に入って、状況をレポートするなんて聞いたことがありません。吉田さんが発信したSNSは間違いなく土木関係者に届いていたはずで、貴重な情報源として役立ったはずです」