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「道路がダメなら、山から行くぞ!」
熊本豪雨で際立ったトレランの知恵。
posted2020/08/25 17:00
text by
山田洋Hiroshi Yamada
photograph by
Yusuke Yoshida
「これはヤバい! 普通じゃない」
7月4日の朝6時すぎ、深夜から断続的に降り注いだ激しい雨がひと段落したのを見計らって、川の水位を見に行った吉田諭祐さんはそう直感した。
「八代市の平野部に暮らす私は、梅雨時になると決まってすぐ近くを流れる球磨川の水位を朝ランがてら見るのが日課になっていました。日付が変わるころから確かに雨足は強くなって、未明にもかかわらずスマホからの警報アラームがひっきりなしに鳴るんですよ」
振り始めからの48時間で400mm以上の雨量が記録され、球磨川水系は、八代市、芦北町、球磨村、人吉市、相良村の計13箇所で氾濫・決壊し、約1060ヘクタールが浸水。
国道219号線など道路が各所で寸断され、球磨川にかかる深水橋、鎌瀬橋など10もの橋が流失した。
今年の7月初旬、熊本県内最大の川であり、最上川・富士川と並ぶ日本三大急流の1つでもある球磨川流域を襲った大雨は『令和2年7月熊本県・鹿児島県豪雨災害』として、甚大な被害をもたらした。
自転車で球磨川上流部へ。
「最初に見に行って2時間くらい経った朝8時頃にもう一度見に行きました。たった2時間でこんなに水量が増すのか! と生命の危機を感じたことを覚えています」
この直後、球磨川の最上流部にある市房ダムが緊急放流をするニュースが流れる。大潮のタイミングと重なることを強く懸念した吉田さんは妻と子供と一緒に避難を決意する。そして、1本の電話をかけてみた。
「私は、8月9日に予定されていたトレイルレース『やっちろドラゴントレイル』の実行委員長です。平野部以上に、レース会場となる山間部・坂本地区の様子が気になったんです。それで知り合いに電話をしてみました」
電話は通信障害が起きていたのか、全く繋がらなかった。市房ダムの緊急放流が中止になったことを知って自宅に戻った吉田さんは翌朝、自転車にまたがって球磨川上流部へ向かう。
「車は無理だと思ったので、自転車を使ったんですけど、道路は瓦礫の山でした。時に自転車を担ぎ、レースの最初のエイドステーションとなる袈裟堂にたどり着くころには全身泥だらけでした」
1カ月後に迫ったトレイルレースのコース確認と、そして何より音信が途絶え、同地区の孤立化を心配した吉田さんは、スタート・ゴール会場でもある八代市坂本町のさかもと温泉「憩いの家」へと向かった。球磨川沿いの国道219号線ではなく、トレイルを使って。