野球クロスロードBACK NUMBER
なぜ監督はエースを降板させなかった?
仙台育英の“あり得ない起用”の真実。
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byKyodo News
posted2020/08/21 07:00
打席に立っても3打数2安打と好成績を残した、仙台育英のエース・向坂優太郎。
先進的なコンディショニング体制の仙台育英。
「目的意識を持ってコンディショニングできる選手を起用する」という方針のもと、投手には事前に登板日を伝える。
試合では須江らチームの指導者たちが、ストレートや変化球の精度の指標となるストライク率や被打率など、登板した選手のパフォーマンスを詳細にデータ化。「先発」「ロングリリーフ」「ショートリリーフ」など適性を見極める。前述した今夏の投手起用でもわかるように、仙台育英の試合はほとんどが継投である。
そのため、選手のコンディショニングにも細心の注意を払う。
投手陣は、実戦登板や練習での投げ込みを含め「1週間最大300球」が原則。チーム首脳陣と理学療法士、トレーナーといった外部スタッフが連携し、SNSなどを活用して選手の状態を共有しながら、故障防止などにも努めている。
「このチームは向坂の成長とともに歩んできましたから」
綿密な育成法で築かれた土台があるからこそ、先発完投型の「絶対エース」に依存することはない。須江は自信と信頼を持って、投手たちをマウンドに送り出すことができる。
倉敷商戦でも向坂が降板後、伊藤樹、阿部恋、笹倉世凪と繋いだように、指揮官のなかで継投プランはできあがっていた。それでもなお「行けるところまで」と、エースの続投を期待していたわけである。
その理由には人間味があった。
「東北大会の決勝戦で投げさせずに済んだことも、理由のひとつとしてあります。それよりも、このチームは向坂の成長とともに歩んできましたから」
甲子園ベスト8だった昨年夏。1年生の笹倉と伊藤がマウンドに立つなか、2年生の向坂はベンチ入りすらできなかった。秋もエースナンバーを与えられず、背番号は「8」だったが監督の信頼を勝ち取り、実質的なエースとしてチームを東北大会優勝へと導いた。
「向坂を中心に」
投手起用の基軸は継投ではある。それでも、今年の春を迎える頃には、須江は枕詞のように必ずエースの名を挙げ、そうプランを説明するようになっていった。