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最後まで笑顔を貫いたエース沖政宗。
磐城高が一丸で耐え忍んだ先の絆。 

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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photograph byKyodo News

posted2020/08/19 20:00

最後まで笑顔を貫いたエース沖政宗。磐城高が一丸で耐え忍んだ先の絆。<Number Web> photograph by Kyodo News

試合終了直後、国士舘のエース中西健登(左から2番目)に笑顔で声をかけた。最後の最後まで笑顔を貫き通した磐城のエース・沖政宗。

この夏の磐城のテーマが「笑顔」だった。

 沖が絶やすことのなかった笑顔。それは、この夏の磐城のテーマでもあった。

 主将の岩間涼星が言うに、それは福島県の独自大会前、チームで自然発生的に決められたテーマなのだという。

「みんな、それぞれ感じるものがあったというか。夏が始まるにあたって、勝利を呼び込むためには『チャンスだろうがピンチだろうが、みんな笑顔でプレーしよう』って」

 そう、磐城には、強く「感じるもの」がありすぎた。

 4月に監督へ就任したばかりの磐城OBの渡辺純は、選手たちの苦難を慮るように「笑顔」の根源を教えてくれた。

「これまで辛い経験をしてきましたからね。いろんなものを乗り越えてきたからこそ、選手たちのなかで最終的に笑顔にたどり着いたんじゃないでしょうか」

輝ける場所を作ろうと尽力する大人たちへの感謝。

 今年1月。21世紀枠で46年ぶりのセンバツ代表校に選ばれた喜びも束の間、3月には新型コロナウイルスの感染拡大によって夢舞台の中止が決定。失意に追い打ちをかけるように、チームを甲子園へと導いた木村保監督の他校への異動が決まった。

 2015年に母校・磐城の監督に就任してから、野球の「全力疾走」「全力プレー」ほか、学校生活も妥協しない「Play Hard」という伝統を根付かせた恩師・木村との突然の別れ。

 同じタイミングでの異動となった野球部部長、定年退職が決まっていた校長を「夏に甲子園へ連れていく」と、選手たちは新たな目標でモチベーションを高め邁進を誓ったが、5月20日にはその夏の挑戦権すらコロナ禍によって奪われてしまった。

 悲劇の連鎖に見舞われながらも下を向かず、前進し続けられたのは、少ない時間ながらも野球をさせてもらえたという幸せだ。選手たちが輝ける場所を作ろうと尽力する大人たちへの感謝だと、主将の岩間は何度も口にした。

 そんなチームを、新監督の渡辺は「動じない心を感じた」と称える。6月10日に開催が決まった甲子園交流試合は、磐城はもちろん、センバツ代表校へのご褒美でもあった。

【次ページ】 「人生でこんなにも特別な、濃密な7分間は初めて」

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