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部活を再開する前に考えたいこと。
「やらない自主性」の大切さ。

posted2020/07/15 07:00

 
部活を再開する前に考えたいこと。「やらない自主性」の大切さ。<Number Web> photograph by AFLO

部活動の「自主的な活動」という性質が今ほど問われている時はない。ここが正念場なのだ。

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中澤篤史

中澤篤史Atsushi Nakazawa

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甲子園やインターハイを筆頭に部活の大会の多くが中止を余儀なくされた。その後、学校の再開とともに部活が再開する過程で、議論が尽くされたとは言いがたい。早稲田大学スポーツ科学部准教授の中澤篤史氏は、現状について危惧と今後の部活についての提言を発信してきた部活研究者だ。中澤氏が、部活が掲げる「自主性」という理念の危うさと、いま必要な措置について語ってくれた。

 全国的に学校が再開され、部活も多くの学校で始まりました。

 ただ、部活の研究者として心配していることがあります。「早く部活をやりたい」「大会もやりたい」という人がいる一方で、「もう部活をやって本当に大丈夫なの?」「授業がこれだけ遅れているのに部活とかやってる場合?」と感じている生徒や保護者、教員がいるということです。表にはなかなか出てきませんが「また部活やらなきゃいけないのか」「再開はもっと後でいい」と思っている生徒もいるでしょう。

 コロナウイルスの脅威も再び増している現状で部活の再開についてどう考えればいいのか、「自主性」をキーワードに説明したいと思います。

部活は民主主義を託されていた?

 100年以上ある部活の歴史の中で、「自主性」がキーワードとして登場したきっかけが1945年の終戦でした。

 日本が民主主義社会として再スタートする中で、教育の目標も変わりました。戦前の「お国のために」という形から、自分で考え自分で行動する民主的な人間を育てよう、という転換がありました。

 その時に、戦後の教育者たちが注目したのが、スポーツを中心とする部活でした。

 授業は、大人が決めたカリキュラムに沿って大人が作った教科書を使って教えるので、ある程度一方的にならざるをえません。それに対して部活は、自分で部を選んで、自分たちで仲間を集めて、自分たちで目標を立てて、自分たちの力で活動する。それってすごく自主的で民主主義的じゃないか! という期待が高まったのです。

 今でも、部活は必ず受けなければならないカリキュラム(教育課程)の中には含まれておらず、自発的・自主的な活動とされています。それにはこんな歴史的な経緯があるのです。

【次ページ】 自主性の意味は二転三転してきた。

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