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「スポーツとしての大食い」の魅力。
漫画でわかる意外な緻密さと奥深さ。
text by
旨井旬一(マンガナイト)Shunichi Umai
photograph bySHIGERU TSUCHIYAMA/NIHONBUNGEISHA
posted2020/07/12 08:00
大食いはカジュアルなものから競技まで幅広く日本に定着している。
大食いが「道」に昇華した世界。
『大食い甲子園』が11年7月に完結したのと入れ替わるように、同年2月からは女子高生だけが参加できる大食い大会「天食祭(てんじきさい)」を目指す部活マンガの『てんむす』(秋田書店、著:稲山覚也)が始まった。
舞台は「食い道部」。この世界では、大食いはスポーツを乗り越えて作法としての道にまで昇華しているのだ。
単行本では、テレビ東京『元祖!大食い王決定戦』の協力作品であることが巻末で紹介されている。
その恩恵は序盤から存分に発揮され、成人男性の平均限界食量がそば2.7人前(351g)であることや、喉の「噴門括約筋」が飲み込む力に影響することなど、現実世界のデータが披露される。
主人公の春風天子は、そばを14人前平らげ、カツ丼1人前を40秒で食べるキャラクターだ(成人男性は平均180秒)。
本作にも、「勝負」に挑むための技術的、精神的な描写がちりばめられている。手羽先で骨に少しでも肉を残して食べる量を減らそうとした選手が「どこまで残して良いか」を気にするあまりペースが乱れ自滅したり、スパートのタイミングの駆け引きに敗れて心が折れる選手が登場する。
この必死さをスポーツと言わずして何と言おう。
大食いの女の子というコンプレックス。
そして最終盤には、何度読んでも涙が出てしまう物語が展開する。おいしいものを食べることに幸せを感じていた主人公が、勝ちを意識するあまり苦痛を感じながら食べ進めるシーン。
急速に成長してきた春風だが、優勝にはあと一歩届きそうにない。力の抜けた表情の春風に、物語序盤から何度も戦ってきたライバルが声をかける。
「辛くて最悪なことばかりだったけど、あんたが居たから大食い競技を続けてきた」
「なんで真剣な顔で食べようとするの?」
「あんたはいつだってバカみたいに楽しそうにゴハン食べてなさいよ」
女の子なのに大食いであることにずっとコンプレックスを感じてきた主人公が、仲間やライバルと出会う中で大食いを個性として捉え直し、おいしく食べることが「大食い」の競技化の価値だと気づくのだ。