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東京五輪の公式映画を託された、
河瀬直美監督はハプニングさえ撮る。 

text by

芦部聡

芦部聡Satoshi Ashibe

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photograph byLeslie Kee

posted2020/06/29 15:00

東京五輪の公式映画を託された、河瀬直美監督はハプニングさえ撮る。<Number Web> photograph by Leslie Kee

河瀬直美さん

【公式映画の監督】
1932年のロサンゼルス大会以来、五輪開催のたびにそれを記録し文化として遺す公式映画が制作されてきた。では、東京2020大会を託された河瀬直美監督は、どんな構想を持つのか。そして開催延期の影響とは?

 五輪のライブ元年は1964年の東京五輪にさかのぼる。世界初の静止衛星・シンコム3号を用いた日米間の信号伝送に成功し、開会式が全米に生中継された。フィルムで撮影するためにタイムラグが生じる記録映画に取って代わり、即時性を持つテレビ中継が映像の主流となったのは当然の成り行きだ。

「記録という側面においてはオリンピック放送機構が制作し、世界の放送局を通じて配信する公式映像がその役割を担っていますよね。映画に求められている役割は別のところにあると思っています」

 代表作に『萌の朱雀』『あん』などがあり、東京2020大会公式映画の監督を務める河瀬直美さんは、「作家性を打ち出さなければ、私が監督する意味はない」と断言する。たしかに映画とは監督の感性が色濃く表出する芸術性の高いメディアである。監督のフィルターを通して、勝敗だけではないスポーツの一面を伝えたいという志こそが、テレビ時代になったのちもIOCが公式映画を撮り続ける意義なのだろう。

「私自身、高校までバスケットボールに打ち込んでいて、実業団に進もうと考えたこともあった。結果としてアスリートを断念し、映画監督の道を選んだわけですが、自分のなかではスポーツと映画は同一線上でつながっているものなんです。人生のある時期、真剣に取り組んだスポーツに対して、これまた人生をかけて取り組んでいる映画を通して改めてアプローチする。しかも、舞台となるのは世界最高峰のオリンピックですからね。監督をやらないかとお声がけいただいた際はとてもワクワクしました」

最後まであきらめるつもりはない。

 東京2020の公式映画は言うまでもなくドキュメンタリー作品となる。筋書きのないドラマと表されるスポーツという題材を、河瀬監督はどう扱うのだろうか。

「東京2020は復興五輪でもあります。東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた東北がいかにして立ち直ってきたのか。そこはきちんと描かないといけないと考えました。もうひとつのテーマはボランティアですね。日本ではただ働きだとか報酬面が強調されるけど、関わっている人たちの思いを金銭には置き換えられない。多種多様な動機で東京2020に関わるボランティア、そして彼らに支えられているアスリートの関係性に焦点を当てたいという構想もありました。漠然としたシナリオを描きつつ、昨年7月の大会1年前イベントから撮影をスタート。アスリートの皆さんや大会関係者への取材を進めていました」

 だが、河瀬さんが温めていたプランはコロナ禍によってひっくり返されてしまった。

「カメラ位置を決めたりといった撮影プランを立てるために、3月上旬から全競技会場を視察しました。航空自衛隊松島基地の聖火到着式にも立ち会いましたが、あの時点ではコロナの感染がここまで拡大するとは想像できなかった。開幕が1年後に延期されたことで、感染症の克服という人類にとって極めて重大な課題が東京2020に突きつけられた。オリンピックの存在意義そのものが問われる事態に陥っているわけですから、当然、映画の撮影も大幅な軌道修正を余儀なくされています。IOCのバッハ会長をビデオ通話でインタビューして、パソコンの画面を撮影したり。コロナがなければこんなシーンは撮れなかったという意味においては、これもドキュメンタリーの醍醐味かもしれませんが……」

 ハプニングは作品の推進力にもなるが、過ぎたるは及ばざるがごとしである。

「出場権を獲得している選手の皆さんも、1年後の自分がどうなっているか、不安を抱えていると思います。苦境に立たされても決して諦めない強い気持ちは、スポーツにとっても、人生においても大切なものです。公式映画の行方がどうなるのか、現時点で見通すことは難しいですが、私も最後まで完成を諦めるつもりはありません」

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