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J1湘南MF松田天馬の顔つきが違う。
転機はルヴァン決勝の、あの交代。 

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安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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photograph byTakahito Ando

posted2020/05/31 11:40

J1湘南MF松田天馬の顔つきが違う。転機はルヴァン決勝の、あの交代。<Number Web> photograph by Takahito Ando

昨季ベルマーレの中核を担った松田天馬。今季の開幕戦は怪我でベンチ外となったが、再開に向けて準備を進めている。

「プロになりきれていませんでした」

「どちらかというと『自分を出そう』ではなく、『自分を出さないといけない』という感覚でした。でも、プロの試合を重ねていく度に責任感が大きくなって、『これ以上迷惑をかけないように』とより確実なプレーを選んでしまったり、縮こまっていった印象です。試合中にめちゃくちゃ周りから言われるのですが、その声を必要以上に聞いてしまったり、周りの人の声に敏感に反応してしまったり……それにだんだん縛られていってしまったんです。ボールを受けて『ドリブルで行ける!』と思ったのに、『行くな!』と言われたらその声に反応して止まってしまう。『俺はなんでこんなに周りに合わせてしまっているんだろ』という葛藤は常にありました」

 試合に出れば出るほど、強迫観念が彼を支配していった。同時に自分で下すべき判断の質、スピードが低下し、プレーの精度や躍動感も落ちていく。

「僕はまだまだプロになりきれていませんでした」

 そんな彼に大きな出来事が起こる。

 一昨年のルヴァンカップ決勝、横浜F・マリノス戦、松田は1-0のリードで迎えた71分にMF秋野央樹と代わって投入された。しかし、わずか16分後の87分にFW菊地俊介との交代を告げられた。交代選手がその試合中に交代させられる「インアウト」は、彼にとってこのシーズン3回目の出来事だった。

交代の意味をずっと考えていた。

「正直、2回目までは自分の中でそれほど重たく捉えていませんでした。最初のインアウト(J1第11節・浦和戦、51分にインし、87分にアウト)は1-0のリードで試合終了間際だったので、『逃げ切るためにも仕方がないか』と思えましたし、2回目(ルヴァンカップ準決勝第2戦・柏レイソル戦、21分にインし、84分にアウト)も『延長まで行ったし、仕方がないか』と思えた。でも、この決勝は1回目と同じような展開でしたが、かなりショックでした」

 あの決勝の大観衆の中で屈辱的とも言える経験を味わった。しかし、彼の心は折れていなかった。

「あれからずっと1週間くらい『何で代えられたんだろ?』、『何がダメだったんだろう』とかいろいろ考えました。怒りというより、『絶対に何かしらの理由が曹さんの中にあるはずだ』と思って、それが何なのかをずっと考えていた。1週間くらいは放って置かれたのですが、それ以降は、ベルマーレの一員としてピッチに立つ責任感や『11人の中の1人』という自覚を持つこと、ベルマーレというチームが脈々と大切にしてきたものがあることを、徐々に曹さんがヒントを与えてくれたんです。曹さんは僕がまだずっと感覚に頼ってプレーしていることを見透かして、かつ僕がそれになかなか気づかないから、劇薬とまではいかないけど、相当な活を入れてくれた気がします。

 そのおかげで、自分がチームの大切なものを損なっていたというか、厳しい見方をすれば、乱していたことに気づいたんです。もちろん自分の良さを出すという考えは100%間違っているとは思いませんが、ベルマーレの空気感に僕が追いついていなかった。バランスが取れていなかった。それだと当然、監督やスタッフ、選手、サポーターの信頼なんて得られませんよね。自分で自分をやりづらくしてしまっていたんです」

【次ページ】 顔つきが変わった2019年。

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