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日本の票が会長選の命運を分けた?
「ティア1昇格」に問われる振る舞い。 

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大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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photograph byAFP/AFLO

posted2020/05/19 19:00

日本の票が会長選の命運を分けた?「ティア1昇格」に問われる振る舞い。<Number Web> photograph by AFP/AFLO

2019年W杯組み合わせ抽選会で肩を組むビル・ボーモント(左)とアグスティン・ピチョット。会長選に敗れたピチョットは理事の座を自ら退いた。

均等化を訴え、改革したピチョット。

「日本がティア1に入った」

 選挙後、そんな報道が流れた。ボーモントが、日本側にそれを確約したのだという。一方でボーモントは「ティアそのものをなくしていきたい」とも発言した。

 そもそもラグビー界でいう「ティア」(階層)とは正式な制度ではない。2003年W杯の総括会見で、当時のIRBシド・ミラー会長が「IRBは、欧州6カ国対抗と南半球3カ国対抗、アルゼンチンの10カ国をティア1と考えている」と発言。それは、この大会で極端に不利な日程を課せられ早々に敗退したアルゼンチンへ謝罪する代わりに、既得権の側に入れてあげるよ、という言葉だった。その発言を引き出したのは、その大会でアルゼンチン代表の主将として、不利な日程へ抗議の声を発し続けたピチョットだった。

 ティア1と位置づけられたアルゼンチンは、それまで以上に強豪国との対戦が増え、急激に力をつけた。4年後の2007年W杯では3位に躍進。2012年からはトライネーションズに加わってザ・ラグビーチャンピオンシップの一員となり、上位国と連戦して培った力は2015年W杯での2度目の4強入りに繋がった。アルゼンチンは、ティア1と位置づけられた恩恵を確かに享受し、ステージを上げた。

 そして、その当事者であるピチョットは、恩恵をさらに広げようとした。伝統国をリスペクトしつつ、より門戸を開こう、機会の均等化を図ろうと。その流れは2015年、そして2019年の日本代表の躍進にもつながった。日本は力をつけるにつれ上位国と対戦する機会が増え(むろんW杯ホスト国に対する配慮もあったが)その経験がさらに力を高めた。そしてどちらのW杯でも、部分的に不利な日程は存在したが、ティア2国のみに酷な日程が課される悪弊は消えていた。

考慮されたのは“パンデミック”。

 日本が「ティア1」と同等の評価を得たことは素直に嬉しい。これは、歴代の選手たち、スタッフたちの真摯で献身的な努力で勝ち取ったものだ。ボーモントの「約束」も、取引ではなく、結果に対する正当な評価だったと捉えたい。日本協会のある幹部は、ボーモントの提案もピチョットの提案も、大きな差はなかったと言った。ピチョットもまた、日本に今後も上位国と対戦するチャンスを増やしていこうとした。

 そもそも、ピチョットはアルゼンチンとか日本とか、特定の国を引き上げるのではなく、努力した国を引き上げる仕組みを作ろうとしていた。そして、ピチョットが主導して実現させようとした(そして、既得権喪失を恐れる6カ国対抗下位勢の反対で断念した)南北半球の上位国による、ティア云々で固定せず入れ替えシステムを備えたネーションズ選手権について、ボーモントは当選後に「また検討したい」と言った。「大きな差はなかった」という日本協会幹部の感想を裏付ける発言だ。

 考慮されたのはむしろ、世界を覆う新型コロナウイルスによるパンデミックだった。危機を迎えたときに保守的なリーダーを選ぶのか、より変革しようとするリーダーを選ぶのか。日本協会は保守を選んだ。

 ちょっと待とう。いったん立て直してから次のことに取り組もうと。

 しかも、昨年のW杯で得た高い評価は、とどまることすらとてつもなく困難な場所だ。そこで得た権利は何ら恥じることなく行使したい。ティア1のように遇されるならそれを拒む理由もない。現会長の続投でいいだろう。ピチョットは若いし次の機会もあるだろう――と。

【次ページ】 脱亜入欧か、さらに門戸を開くか。

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