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内田樹が語る「兵法の危機対応術」。
スポーツとの差、パンデミック対策。 

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内田樹

内田樹Tatsuru Uchida

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photograph byGetty Images

posted2020/05/16 11:40

内田樹が語る「兵法の危機対応術」。スポーツとの差、パンデミック対策。<Number Web> photograph by Getty Images

武道、兵法の目的は「勝つ」よりも「生きる」に近い。その知恵は勝敗の世界で生きる人間にこそ有意義なものになるだろう。

老化や天変地異に「勝つ」ことはできない。

「勝負を争わず」というのは、これら「広義の敵」に処するためには「勝ち負け」スキームを採ってはならないということである。第一、加齢老化を相手に「勝負」しても勝ち目はない。かつて死神に走り勝った人間はいない。

 同様に、天変地異も人為によって避けることはできない。台風の進路を変えたり、火山の噴火を止めたりすることは人間にはできない。われわれにできるのは、そういうものの「ありよう」を理解することだけである。

 台風の進路は変えられないが、台風の動きがある法則性を持つことを知っていれば、それを回避することはできる。火山の噴火の前兆がどのようなものかを知っていれば、遠くへ逃れる時間が稼げる。これらの「広義の敵」に対して、われわれができることは、その理を知って負け幅を小さくすることだけである。それが生死を分かつこともある。

 経済恐慌や政治危機でも話は同じである。それらの出来事はわれわれの生きる知恵と力の発動に大きな影響を与える。だから、政治には興味がない、経済のことはわからないという兵法者は原理上存在しない。

 兵法者がそれらの現象を仔細に考察するのは、その理を知り、そのもたらす被害を最小化するためであって、自分にとっての「政敵」や「競合他社」を倒すというような短期的・功利的な目的のためではない。

兵法と統治能力はかつて同一視されていた。

 パンデミック相手でも構えは同じである。それは「広義の敵」であるから、「勝負強弱」の枠組みには入らない。けれども、兵法者はその理を知り、それがもたらす被害を最小化するためにできる限りの努力をしなければならない。そして、その努力が「勝ち負け」のスキームに収まらないのは、広義の敵への対処は個人の営みではないからである。

 それは集団でしか担うことのできない仕事である。

 台風の進路は気象学者に、火山活動は地質学者に、パンデミックへの対処は感染症学者に教えてもらうほかない。政治経済についても同断である。これらに適切に対処するためには、兵法者はさまざまな専門家たちと協働作業をしなければならない。

 現に、『太阿記』や『不動智神妙録』を通じて兵法要諦を説いた澤庵は禅僧であって、兵法者ではない。柳生宗矩は兵法者ではない人間から兵法極意を学んだ。そして、それを集合的な叡智のレベルに高めて、後世に伝えた。この開放性と協働能力の高さのうちに兵法者の骨法は存すると私は思う。

 戦国時代に戦場で武勲をあげた兵法者が一国一城の主に取り立てられたのは、兵法者に求められる能力が統治能力と本質的には同じものだという社会的合意が当時は存在したからである。そのような社会的合意はもう廃れて見る影もない。

 だが、私はこのような兵法理解こそは日本固有の文化として生き延び、人類全体の叡智として共有されるべきものであると考えている。

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