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年齢を重ねても記録は伸ばせる!
60代の女性マラソン世界一が語る極意。
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph byMiki Fukano
posted2020/03/30 15:00
58歳だった2017年大阪国際女子マラソンで2時間59分36秒と悲願のサブスリーを達成。その後も自己記録を更新中。
女子マラソン初代女王への憧れ。
もうひとつ、弓削田さんには走り続ける原動力がある。女子マラソン初代金メダリストへの憧れだ。女子のマラソンがオリンピック公式種目に加わったのは1984年のロサンゼルス五輪から。日本代表として増田明美、佐々木七恵が出場したこの大会が開催されたとき、弓削田さんはちょうど長女を妊娠中だった。
深夜のテレビ中継にかじりついて見ていると、酷暑のなか米国のジョーン・ベノイトが懸命に先頭でゴールに飛び込んできた。その姿を見て、心を打たれた。
「自分も子育てが終わったら、絶対にまたフルマラソンを走る!」
そう決意し、4人のお子さんの子育てが一段落した40歳でフルマラソンに復帰。忙しい仕事の合間を縫って、ひたすら練習を重ね、サブスリーを目指した。
「40代にはきっと達成できる」
「女性ランナーは50代からが伸びるのよ」
そんな先輩ランナーたちの言葉を励みに走り続け、3時間切りを果たしたのは58歳のとき。61歳でマスターズ世界記録を更新し、もちろん、自らの20代の記録をも超えた。
マラソンは女性の社会進出の1つだった。
取材では、弓削田さんの学生時代を知る市民マラソン研究の第一人者・山西哲郎氏(群馬大学名誉教授)を訪ねた。ここで思いがけない話を聞く。
「女性がフルマラソンを走るというのは、社会における女性の権利獲得の歴史でもあるんだよ。マラソンはライフ。生活であり人生そのものだからね」
山西先生によれば、かつて女性は運動生理学的に男性よりも劣るとされ、長い間、フルマラソンを走り切るのは無理だと考えられてきたという。
そして1960年代、ウーマンリブ運動の高まりとともにフルマラソンを走る女性が目立ちはじめた。
象徴的なエピソードがある。1967年、ニューヨーク州の女子学生キャサリン・スウィッツアーが「K・スウィッツアー」のゼッケンをつけてボストンマラソンに出場。女性の出走に気づいた大会関係者が制止しようとし、伴走していた男性選手ともみ合いになるも、完走を果たした。この一件で女子のマラソン参加が議論されるようになり、1972年からボストンマラソンは女性参加者を公認するようになったらしい。
ちなみにこのキャサリン・スウィッツアー選手は50年後の2017年、70歳で同大会に出場し、50年前と同じ「261」のゼッケンをつけて最後まで走り切り、大きな話題となった。