相撲春秋BACK NUMBER
引退してもなお男道は続く……。
境川親方と豪栄道の“やせ我慢”美学。
posted2020/01/31 17:00
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph by
Kyodo News
「今の時代、親方たちがみんな借金してまで相撲部屋をやってるって、結局はいつか優勝力士を出したい、横綱や大関を作りたいっていう男の夢――その思いだけなんだよね」
男気にあふれ、巷では「漢(おとこ)境川」とまで呼ばれている元小結両国・境川親方が、かつて問わず語りに口にした言葉だ。
その師匠の夢を体現し、叶えてくれたのが、愛弟子の豪栄道だった。
1998年、出羽海部屋から独立し、新弟子集めに苦労していた若き師匠――境川親方は、当時、占い師に「『豪』のつく字の子と縁があり、部屋を盛り上げてくれる」と言われたことがある。半信半疑のまま、そんな占い師の言葉も忘れかけていた頃。縁あって自ら入門志願して来た青年が、アマチュア相撲界で名を轟かせていた高校横綱の澤井“豪”太郎だった。
言わずもがな、のちの豪栄道である。
「振り返ると全勝優勝が一番うれしかったです」
それから15年。
大関を33場所務め、大関のままに引退を決めた豪栄道豪太郎は、現役人生を振り返り、会見でキッパリと言った。
「境川親方の元で相撲を取れてよかったと思います。義理と人情を大事にされる師匠なんで、そこを一番に学びました。境川部屋に入ってなかったら、もっとうぬぼれた人間になっていたと思うので、自分を正してくれて感謝しています」
涙を浮かべることもなく淡々と言葉を紡ぐ愛弟子の傍らで、感極まり、浮かぶ涙が溢れないよう、熱き師匠は天井を見遣る。豪栄道はさらに言う。
「ケガはつきものなんで、あまり辛いとか苦しいとか、自分で思わないようにやってきました。振り返ると(2016年9月の)全勝優勝が一番うれしかったです。大関に上がってから情けない成績ばかりでしたから、師匠はじめいろんな人に、いい思いをさせてあげたかった。この優勝でみなさんが自分のことのように喜んでくれて、うれしかったです」