スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
サイン盗みと球界の「カルチャー」。
テクノロジー濫用は修正されるのか。
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byGetty Images
posted2020/01/18 11:40
2017年のワールドシリーズ第6戦、アストロズのダグアウトでA・J・ヒンチ監督(左)に耳打ちをするコーラベンチコーチ(肩書は当時)。
サイン盗みの根源に関わる要素とは?
マンフレッドも、そこは見抜いている。彼の警告を握りつぶしたルーノウが処分されたのは当然としても、サイン盗みはアンフェアだと考えてモニターを叩き壊したヒンチにも厳罰を科したのは、チーム全体の空気を抜本的に変えることのできなかった監督責任を追及した結果だと思う。
同時にマンフレッドは、ベルトラン以外の選手名をひとりも出していない。これは、ステロイド使用や野球賭博の問題、さらにはボールやバットの細工といった過去の醜聞とは決定的に異なる側面だ。
「文明が発達すると、人間は幼稚になる」
そこを掘っていくと、サイン盗みの根源に関わる要素が浮かび上がってくるかもしれない。
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そもそも、この不正行為で得をしたのはだれなのか? 球団のフロントオフィスには、不正の自覚がなかったのか? フロントやコーチ陣の低年齢化と、現場感覚の希薄化の間に因果関係はないのか? メディアの間でナイスガイの評判が高かったA・J・ヒンチやアレックス・コーラが、なぜそんな行為に関わりを持ってしまったのか?
こうした疑問を積み重ねていくと、拭いがたく浮かび上がってくるのは「テクノロジーの濫用」という要因だ。かつて澁澤龍彦が残した「文明が発達すると、人間は幼稚になる」という名言を、私は思い出す。
テクノロジーの発達によって、情報は知恵や経験よりも重視されるようになった。現場を体感していないハイテク秀才がゲームを仕切るという傾向は、球界でも年々強まっている。だが、それは危うくないか。勝てばよいだろう、儲かればよいだろうという欲望の合理主義には、ほぼかならず逆転や破局がついてまわる。