ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
村田諒太は「我らがヒーロー」だ。
変化の末に待っていた衝撃の2回KO。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2019/07/16 11:30
パワーはそのままに、この日の村田諒太は一発の威力以上に手数が印象的だった。変われる、ということは武器なのだ。
技術で戦わず、自分の戦い方を。
足腰に力が入るよう、いままでに比べて少し腰を落とし、前傾の姿勢を保つように心がけた。結果、手数もよく出るようになった。新境地を切り開いたのか、原点回帰なのか、という質問には「いろいろなスタイルでやってきたから分からない」と答えた村田だが、次のような言葉を聞くと、やはり新境地を切り開いた、と言えるのではないだろうか。
「技術的に通用しないならそういうふうに戦うしかないし、開き直ったときにああやっていくんだということが、自信をくれたと思う。基本的にああいう戦い方は僕の戦い方だと思いますけど、ああいう戦い方の中でもっと自分を高めていく。そういうほうがいいのかなと思います」
ドラマティックにすぎる彼のキャリア。
それにしても村田というボクサーはなんてドラマティックなのだろうか。
デビュー戦ではいきなり東洋太平洋王者にKO勝ち。その後は勝利こそ重ねたものの、決して快勝ばかりではなく、評価を落とすような試合もあった。悩み、もがき、たどりついた2017年の世界初挑戦は元王者のアッサン・エンダムを相手に、大半の関係者、専門家、ファンが勝ったと思う試合内容でよもやの判定負け。
そしてダイレクトリマッチに勝利しての戴冠劇は、あっさりベルトを手に入れるよりもストーリーを豊かにした。
言うまでもなく、ブラントとの試合もそうだ。今までの村田のキャリアの中でもワーストという試合内容で敗れ、今回は一転、ベストのパフォーマンスで感動的とも言えるリベンジ成功というのだから恐れ入る。もし第1戦で今回のように快勝していたら、感動を与えるどころか「もうちょっと強い相手を選んだほうが良かったのでは」とさえ言われかねなかっただろう。
試合翌日の会見で印象的な話があった。村田は「この3、4カ月、コーヒーを絶っていた」と明かしたのだ。コーヒーを絶った理由は、最高のテンションでスパーリングをするために、カフェインによって練習以外の時間にテンションを高めないようにするためだ。
おそらく運動生理学的に正しいのだろう。しかし、このエピソードは、聡明な村田の科学的アプローチに感心するというよりは、「何としても勝ちたい」という藁にもすがるような心境を表しているものと受け取った。そんなふうに感じたのは私だけであろうか。