ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
村田諒太は「我らがヒーロー」だ。
変化の末に待っていた衝撃の2回KO。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2019/07/16 11:30
パワーはそのままに、この日の村田諒太は一発の威力以上に手数が印象的だった。変われる、ということは武器なのだ。
観客が一斉に立ち上がった。
ブラントもまた、徹底して足を使うのではなく、前に出て村田と打ち合った。これが「出鼻をくじく」という作戦だったのか、村田のプレッシャーをかわし切れずやむを得ず打ち合ったのかは分からない。
村田は試合後、「あれには面食らった」と話し、ブラントは「打たれて距離感を誤った」と振り返った。リングサイドのカメラマンが試合後、「試合が始まるときのブラント、ゲートに入った競走馬みたいに興奮してましたよ」と教えてくれた。ひょっとするとミネアポリスの若者は平常心を失っていたのかもしれない。
いずれにしても、村田がブラントを飲み込もうとしていたのは間違いない。2回、グイグイと迫る村田の右ストレートが炸裂すると、ブラントの体がグラリと揺れた。全身の力を失ったブラントに村田が襲い掛かる。ブラントがバッタリ倒れると、大歓声とともにアリーナの客が大げさではなく全員、一斉に立ち上がった。アリーナ後方、膝の上にパソコンを置いた記者の視界は一気に遮られた。
残り1分半、村田は立ち上がったブラントをなおも攻めた。顔面、ボディにパンチを打ち分ける。徐々に村田が打ち疲れ、ブラントが逃げ切るかとも思われたが、村田の左ボディが決まるとブラントがさらに失速。タイミングを見計らっていた主審が両者の間に割って入る。不可能と思われたミッションは2回2分34秒、確かに完遂された。
「プロキャリアの中で一番良かった」
勝ったことに驚かされた。それ以上に、アマチュアで137戦、プロで17戦、33歳になったボクサーがこれだけ変われるという事実に驚嘆した。
あれだけパワフルで、手数の多い村田を見るのは初めてだ。「プロキャリアの中で一番良かった」。本人がそう自覚するパフォーマンスを、村田は試合翌日の記者会見でこう説明している。
「アップライトに構えると、どうしても突っ立った状態になって(自分の)強みがなくなる。しっかり足腰に力を入れて構えると、ブラントが初めから(前回の試合で効果的だった)ワンツースリーを打ってきましたけど、それに対して顔を跳ね上げられることがなかった。あれが構え的には僕に合っているんだろうなと思います」