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<「2019世界柔道」直前インタビュー vol.6>
個性豊かな柔道家の挑戦。
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byTakuya Sugiyama
posted2019/08/01 11:00
左から、男子100kg級・ウルフアロン(了徳寺大学職)、女子78kg超級・朝比奈沙羅(パーク24)、女子78kg級・濵田尚里(自衛隊体育学校)、女子52kg級・志々目愛(了徳寺大学職)。
尖りまくっていた朝比奈沙羅の過去。
ウルフとは異なり、最初から二兎を追いかけてオリジナルな柔道人生を歩んできたのが女子78kg超級の朝比奈沙羅である。
「小2で柔道を始めた時に、めっちゃ弱かったくせに自分はこの競技で五輪で金メダルを獲るという謎の自信があった」
両親ともに医師であったことから柔道を始める前から医師になる夢も抱いていた。朝比奈にとってそのどちらも現在進行形だ。
当初の青写真では2016年のリオ五輪で金メダルを獲得し、柔道に区切りをつけて医師の道へと進むはずだった。ところが現実はそう思い通りには進まなかった。2015年に東海大医学部を受験したが不合格で同大の体育学部に進むことになり、五輪レースでも代表の座には届かなかった。
大学も卒業した現在は医療系の専門予備校に通いながら、来年の東京五輪を目指している。当初の予定とは道のりは大幅に変わった。だが、その過程で朝比奈自身も前向きな変化を経て成長してきたという。
「大学に入ったときはリオという目標があったし、医学部に行く気も満々だったので、尖りまくってたんですよ。『あんたたちとは生きてる世界が違う!』ぐらいの勢いで生活してました」
今では恥じらいを覚えるような歪んだエリート意識である。
愛されたければまず愛さなきゃ。
ところが、リオを逃した後の大学2年の冬、2017年のグランドスラム・パリでの優勝が1つの転機になった。正しくは優勝後の出来事。この大会で朝比奈はリオ五輪金メダリストを破り、日本代表だった山部佳苗も破って優勝を果たした。
「普段は男子部員と練習することが多いから、女子柔道部と長い時間一緒にいることは少なかったんです。それでも帰ってきたら『パリすごかったね、おめでとう』と同級生や後輩に言ってもらえた。見てくれている人は見てくれている。愛されるって素敵なことだなと気づいた。きちんと応援される人になろうと思ったんです」
思い出したのは渋谷教育学園渋谷中学高校時代の恩師である佐藤康の「愛されたければまず愛しなさい」という言葉だった。
「自分はとにかくナメた中学生だったので『別に全員に愛されたいわけじゃないし。分かってくれる人だけ分かってくれればいい』みたいに思っていた。でも愛されたければまず愛さなきゃと思ってガラッと意識が変わりました」
同年9月に初出場した世界柔道では女子78kg超級で銀メダルを獲得し、別開催だった無差別級の世界柔道では初めて世界一に上り詰めた。昨年大会は女子78kg超級で金メダル。意識の変化とともに結果もついてきた。
ただし同時期に国内では18歳の素根輝が台頭し、朝比奈は素根に5連敗と苦手にしている。今回はそのライバルとともに2人で代表に選ばれた2019世界柔道。
「東京五輪に向けてすごく大切な大会。現世界女王ではあるけど挑戦者の気持ちの方が強い」
朝比奈にとって真価の問われる舞台になる。