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<「2019世界柔道」直前インタビュー vol.6>
個性豊かな柔道家の挑戦。
posted2019/08/01 11:00
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Takuya Sugiyama
変わり者でないと横綱にはなれない。これまでの横綱の人物像から導き出された結論なのか、角界ではよくそんな言われ方をする。同様のことが五輪の金メダリストにもあてはまる。頂点に立つ人物は、強いだけでなく個性的でないといけないのかもしれない。
この3月から柔道日本代表の愛称が「ゴジラジャパン」となった。
どうせ映画からチョイスするなら、この男にとっては別の作品の方がうれしかっただろう。男子100kg級代表のウルフアロンである。
「高校生ぐらいからアメコミの映画がずっと好きで、『アベンジャーズ/エンドゲーム』も公開初日に練習終わりでレイトショーを見に行った。全日本選手権で優勝した時よりも泣きました、まじで。めっちゃ感動しました。ゴジラはあんま見ないっすね。『シン・ゴジラ』は面白かったけど」
話し始めると柔道よりもアベンジャーズが止まらない。
「一人一人すごく人間味がありますね。悩みがあったりとか、心の葛藤を抱えていたりとか。ヒーローだけど人間っぽい一面があって感動する」
ウルフアロンが味わった浮き沈み。
ちょっと強引に結びつけるなら、映画の主人公たちと同じようにウルフも浮き沈みを味わった経験がある。
2017年の世界柔道では初出場初優勝の快挙を成し遂げたものの、そこから一転してケガに苦しむ時期が続いた。右胸鎖関節の負傷で同年末の大会を欠場すると、年が明けて1月には左ひざ半月板を損傷。手術を受けて復帰まで約半年を要した。
準備不足のままで昨年の世界柔道は準々決勝で敗れ、敗者復活戦も勝ち上がれずにメダルすら逃した。
「去年1年間は少し自信に欠けていたと思う。技に入るのが少し怖かったり、ケガのことを考えながら試合をしていた。普段の練習やトレーニングこそが試合当日の自信になるし、練習がしっかりとできていれば、これだけ準備をしてきたからこそ負けないと思えますから」
持ち味は試合終盤まで衰えない心身両面のスタミナ。練習量に裏打ちされた粘り強さがなければ勝つことはできない。「一生に1回」と思い定める東京五輪に専念するため、4月からは二兎を追わずに東海大の大学院を休学することも決めた。
「持っている時間の主導権をすべて自分に与えたかった。もし負けても言い訳のできないように、勝っても負けても自分の責任にしたい」というのがその理由だった。
コンビニでアベンジャーズのくじに入れ込む姿しかり、自らの外見や胸毛をネタにしたりと普段の様子にヒーローの威厳はない。だが、ひとたび柔道着をまとえば分厚い胸板や大きな手はたちまち凛々しく映り始める。
4月には体重無差別で行なわれる全日本選手権を制し、東京五輪後には超級転向も選択肢に入ってきた23歳。ウルフの物語はまだまだ続編が期待されている。