Sports Graphic Number SpecialBACK NUMBER

<アテネ世代が明かす覚醒の時>
内村航平「北京の銀が絶対王者を生んだ」

posted2019/04/25 15:00

 
<アテネ世代が明かす覚醒の時>内村航平「北京の銀が絶対王者を生んだ」<Number Web> photograph by Getty Images

text by

矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

PROFILE

photograph by

Getty Images

個人総合2連覇を含む7つのメダルを持つ内村。
その五輪デビューは2008年の北京だった。
同大会でともに戦った、アテネ五輪団体金メンバーの冨田洋之と鹿島丈博が、若き「キング」の成長を語る。

 地球の裏側のブラジルで行なわれた2016年リオデジャネイロ五輪の大会期間中、世界の体操識者やメディアの間で交わされていた議論がある。

「G.O.A.T?」

 英語で「Greatest of All Time」(史上最高)を意味する略語のスラング。“議題”に上がっていたのは内村航平である。

 リオ五輪の4年前、内村は'12年ロンドン五輪の男子個人総合で金メダルを獲得していた。個人総合では'09年から'15年まで世界選手権でも6連覇を果たしており、技の難度と実施の美しさを兼ね備える精密機械のような演技と、どんな時も弱みを見せない精神力で、世界中から「キング」と呼ばれ、敬意を抱かれる存在になっていた。

 内村が史上最高のジムナスト(体操選手)なのかという議論は、実はロンドン五輪の時点で既に起きている。世界選手権3連覇の内容があまりに図抜けていて、異次元だったからだ。だが、ロンドン五輪の時は結論を出すにはまだ早いとされた。五輪の成績で内村を上回る選手は、日本人だけでも8個の金メダルを取った加藤沢男を筆頭に数名がおり、世界を見渡せば金7個を含む体操史上最多15個のメダルを手にしたニコライ・アンドリアノフ、さらには'92年バルセロナ五輪1大会で6つの金メダルに輝いたビタリー・シェルボもいた。

 しかし、リオ五輪が論争に終止符を打った。主将として体操ニッポンを牽引した内村は、団体決勝では6種目すべてを任されて日本に12年ぶりの金メダルをもたらした。そして、個人総合ではオレグ・ベルニャエフとの五輪史上に残る名勝負を制し、'72年ミュンヘン五輪の加藤以来となる世界で4人目の五輪連覇を果たしたのだ。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
ウェブ有料会員になると続きをお読みいただけます。

内村航平
冨田洋之
鹿島丈博
アテネ五輪
オリンピック・パラリンピック

体操の前後のコラム

ページトップ