Number ExBACK NUMBER
平成10年、万年Bクラスのホークスを
率いる王監督が思わず漏らした「本音」。
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byHideki Sugiyama
posted2019/04/22 11:00
王貞治=ストイックという固定観念は、この偉人の一面しか捉えていない。自由で奔放な人でもあるのだ。
「ミスターを陽に書きたいから俺を陰にするんだな」
<藤田元司元巨人監督が、ONについて興味深い分析をしていた。長嶋が積極的なプラス志向で王が石橋を叩いて渡る慎重派だというイメージがあるみたいだが、それは正反対だと。ゴルフでも、長嶋はグリーンまできっちり刻んでくるが、王は平気でグリーンオーバーしてくる。長嶋のほうが慎重で、王の方が強引なところがあるんだよ、と。内角も外角もライトスタンドへ放り込もうとした、強引で豪快な稀有のホームランバッターは、しかしなぜか慎重で堅く、まじめで、求道者のような暗いイメージに映る。>
だから、それはマスコミのみなさんが作ったイメージなんだよ。俺は、大雑把で大胆なところはあるよね。俺と長嶋さんの一番の違いは、俺が人の視線を気にしないってことじゃない。ミスターは気にするタイプだよ。世の中、逆だと思ってるフシもあるけどね。世の中の人間がいかに既存のイメージに頼っちゃってるかってことだよね。ミスターが自由奔放で明るいから俺を陰にしようとかね。陰陽にしたほうが、対比したほうがわかりやすいんでしょ? 両極端にしたいわけだ。だから、ONという、3番、4番で競い合った二人を書くときに、ミスターを陽に書きたいから俺を陰にするんだな。でも、俺はちっとも自分で陰だと思ってないから。それでもみんながそういうふうにしちゃうんだ。そんなもん、虚像なんだ。俺は暗くもないし、ミスターだって本当は伝えられてるような人じゃない。俺に言わせれば、ミスターのわがままにはみんな迷惑していたと思うよ。でもそれが面白いエピソードになる。俺は人から後ろ指をさされることのないように、人に迷惑をかけないように、人から笑われないようにして生きてきた。でも、そういう王の話は聞いても面白くないということになるんだよ。
だから俺は今の選手に、マスコミに対して高飛車になれって言ってやりたいね。マスコミなんて出方次第なんだ。なめられちゃいけない。マスコミはうまくいったことを当たり前だと思って、それを忘れてる。王はインタビューを断らないから取れて当たり前だと思ってる。思ってるだろ(笑)。俺は、なるべくみんなに、できる範囲で自分ができることをやってやろうと思ってるだけでさ。現役の頃から、ずいぶんサービスをしてきたよ。でも、そういうことは忘れて、なかなか取れないインタビューが取れたりすると、やっと取れた、あの人は案外いい人だったなんて言って大喜びするだろ?
「俺は、言ってみれば大親分なんだから」
アメリカにレフティ・グローブという人がいて(一九〇〇年代前半のアスレチックスの左腕投手、通算300勝)、サインをしないことで有名だったんだ。彼のサインは数が少ないから、今、すごく価値があるんだってな。でも、俺のサインは安いんだろ。世の中、そんなもんだよ。
ただ、俺は名門・早稲田実業に入って毎年甲子園に出て、それから名門・讀賣巨人軍に入って、干支から次の干支の、さらにその1年後まで13年間、ホームラン王を守った男なんだ。野球には、そりゃ厳しいぞ。俺はその時代のトップとして生きてきたんだから、そうじゃない人たちと一緒にされちゃ困るんだ。誰よりもプライドは高いし、それで当たり前だと思ってる。だってそうだろ。俺は、言ってみれば大親分なんだから、チンピラみたいにゴチャゴチャ言わなきゃ生きていけないヤツらとは違うんだ。親分はデンとしてればいいんであって、細かいことも言わんし、本当のプライドだって持ってる。だからこそ、誰にでも優しい気持ちを持てるんだよ。
今まで、そういう生き方をしてきたんだから、昔で言えば憲兵みたいなもんで、目つきが鋭くなるのも当たり前だ。そういうところも併せて見もしないで、勘違いしてもらっちゃ困るんだよな。よくベンチの俺をテレビが映して、顔が怖いとか眉間にシワがあるとか勝手なことを言ってるけど、選手がホームラン打ったり、いいプレーをした時は選手を映しておいて、ゲッツーとかエラーとか、そういう時にだけ俺を映すから悪いんだ。俺だって、ベンチで笑ってるんだぞ(笑)。
福岡では単身赴任だから、コンビニエンスストアだって行くし、食品売場だって行くよ。パスタぐらいは自分で作るからな。パソコン使ってメールのやりとりもするし、カラオケも行くよ。ひとりで10曲ぐらいは歌うしね。美空ひばり、北島三郎、渡哲也、吉幾三に五木ひろし、森進一だって歌うぞ。若い人の歌は……声が低いから歌えないけどね。どうやら水割り5杯を飲んだぐらいの俺が、ちょうどいいらしいんだな。えっ、それで采配? 無茶言うなよ。
KKが躍動し、松井秀喜が吠え、そして大谷翔平が新時代を切り拓く――。
平成のスタジアムを彩った野球人30人の、栄光と不屈のストーリー。
(各年で取り上げた選手・監督)
平成元年 中畑清/平成2年 与田剛/平成3年 清原和博/平成4年 西本聖/平成5年 野中徹博/平成6年 長嶋茂雄/平成7年 野村克也/平成8年 伊藤智仁/平成9年 桑田真澄/平成10年 王貞治/平成11年 星野仙一/平成12年 杉浦正則/平成13年 中村紀洋/平成14年 松井秀喜/平成15年 高橋由伸/平成16年 和田毅/平成17年 今岡誠/平成18年 イチロー/平成19年 松坂大輔vs.イチロー/平成20年 山本昌/平成21年 斎藤佑樹/平成22年 ダルビッシュ有/平成23年 谷繁元信/平成24年 栗山英樹/平成25年 則本昂大/平成26年 秋山幸二/平成27年 藤浪晋太郎/平成28年 川崎宗則/平成29年 松坂大輔/平成30年 大谷翔平
Number Books
幾多の感動ドラマが生まれた平成の時代、先日引退したイチローも信頼した著者が「Sports Graphic Number」を中心に発表してきた傑作ノンフィクション・インタビュー記事を「1年1人」のコンセプトでセレクト。
あなたの大好きな平成の野球が、この一冊に詰まっています。
<本体1,700円+税/石田雄太・著>
▶ 書籍紹介ページへ(文藝春秋BOOKS)